再再掲・ドヌーヴ様&マストロヤンニ様 | 時は止まる君は美しい

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巡りあった美しい人達の記憶を重ねます・・・
B面ブログ「扉・鎧戸・宵の口」も始めました。

2015年3月6日記事

2023年8月27日記事

これだけ個性が際立っているお二人が、

これだけお似合い・・・運命的な出会いでしょう。

 

 

そして、運命的別れでマルチェロ様どん底。

 

        

 

でも、最期まで、ドヌーヴ様とキアラ様に看取られて・・・

お嬢様でキアラ様のお姉様に当たる、バルバラ・マストロヤンニ様。

お父様のドキュメンタリーにご出演されてらしたけれど、

2018年、66歳で亡くなられたのですね。早すぎる。

 

 

 

キアラ様、ドヌーヴ様共に葬儀に参列してらっしゃった。

ドヌーヴ様にとっても、家族同様でらしたのを感じます。

 

 

大好きな一枚。『赤いブーツの女』の時?

 

心底愛した女はエクバーグとドヌーブの2人だけ・・・だそうです 

 

国宝が並んでいるようなカップル???

Catherine Deneuve(カトリーヌ・ドヌーヴ)様

&Marcello Mastroianni(マルチェロ・マストロヤンニ)様。

Chiara Mastroianni(キアラ・マストロヤンニ)様を授かったカップル。

マストロヤンニ様の晩年、癌を患われての看護、臨終(於、パリ自宅)の立ち合いも、

キアラ様とドヌーヴ様が。

 



 

「Ça n'arrive qu'aux autres(哀しみの終るとき)」(1971年)

にて、ご共演、ご交際へ・・・愛児を亡くし、引きこもった夫婦が・・・というお話。

Michel Polnareff(ミッシェル・ポルナレフ)様の歌が切々と。

ご共演当時、ドヌーヴ様28歳、マストロヤンニ様48歳。

 

 

 

「Liza(ひきしお)」(1971年)

これまた、ディープな愛の世界のお話。



 

 

「Mon Paris(モン・パリ)」(1973年)、ご共演作品中、唯一のコメディ。  

カップルの男性が妊娠、世界初の妊娠した男になって・・・というお話。




 

お二人の恋愛模様について、マストロヤンニ様が、晩年に質疑応答で語られておられます。

今日は、そちらからの引用で、お二人のお写真を拝見させて頂きたいと。

(「運命のままに わが愛しのマストロヤンニ」日之出出版 より)

ドヌーヴ様、ブイブイ(死語)、マストロヤンニ様メロメロが手に取るように解る写真群。


 


 

「ある映画の撮影中にカトリーヌと知り合ったのは」彼は思い出す。

「気持ちの動転した、フェイ(・ダナウェイ)とのちょっと辛い別れがあったあとだった。

 

 



 

 



 

彼女はトリュフォーと別れたところだった。

たぶんぼくら二人とも新しい興味を必要としていたんだと思う。

ほとんど三年間、いい状態が続いたんだ。でもこの映画界の愛はうつろいやすいものでね。

ぼくはイタリアで仕事していて、彼女は別の場所で」 



 

「カトリーヌが決めたことだった。〈私たちのお話は尽きたわ。

私にはもう刺激が感じられないし、だから習慣や倦怠の波に乗ったまま、

ものごとを引きずってゆくのは無意味だと思うの。

幕を降ろして、おしまいにしましょう〉」  





 

「ところがぼくはまだ恋したままだった。

もしかすると、これはあとで気がつくことなのかもしれない、

自分が傷ついたって感じるからね、だから思う。

〈いったいどうして?ぼくが彼女に何をしたっていうんだ?〉」

 

 


 

 

 


 


 

 

「たぶん、何か、それと知らずにしたんだ。

だからまだからだががたがた震えるほど惹かれているように思う。

それとも手からおもちゃを奪われたせいで悲しんでいるのかもしれない。

これは役者の性格の中にある子供じみた点なんだ。辱めだよ。

そして、しまいにはぐずぐず泣き言をいうようになる」  





 

―誰に一番泣かされたんだい?

「さあ。カトリーヌかな。ぼくらのあいだには二歳の女の子がいて、

それもぼくが五十でできた子だったからね。

その時にぼくは父親であることを身にしみて感じたんだ、

何しろバルバラの時はまだ若かったから、仕事や冒険を追いかけていたからさ。

五十歳だとそれが奇跡のように思えるんだ。

だから離れるのがつらい。ひどくつらい」  




 



 

「それにぼくはイタリアで暮らしていて、おちびちゃんはパリだった。

めったに会えなくなったしね。二度ばかり学校を子守と一緒に出たり入ったりするところを

見にいったよ。こっそりと。動揺させるんじゃないかと不安だったんだ。

それにそのあとでカトリーヌに会いにいくわけにもいかなかった」   


                                                 1987年


1933





                                                       1993年

 

カトリーヌ・ドヌーヴも、フェイ・ダナウェイ同様、彼をふる。またしても・・・・・・・。

そしてフローラは、カトリーヌが妊娠していることを知って〈夢に見たのである〉彼に言う。

「そうしたいのなら、離婚していいわよ」

だが、当のマルチェッロは、そんなことは夢にも思わない。 

 

今、マダム、いやマドモアゼル呼ばれるほうを好むドヌーヴは言う。

「マルチェッロと深く知り合った人間は、彼のことを忘れるなんてできないわ」  


 

本のあとがきに、訳者の岡本太郎様(1960年生まれ)が、お書きになっている一節を最後に。

 

彼は子供のまま大人になったそうだが、そもそも大抵の男は一生子供なのだ。

大人げない子供か子供っぽいかの違いだけである。

マルチェッロのように人をしあわせにしてくれる、いい意味の大きな子供は、本当に少ない。

そう、「自分に対して絶えず大きな心で接してくれた人生に感謝している」なんて、

本気で言える人間は、少ないのだ。

 

 

イタリアの人は目に入れても痛くないくらい可愛い子供を「宝物(テゾーロ)」と呼ぶが、

マルチェッロ・マストロヤンニのような人間は、人類にとっての、

かけがえのないプレゼント?宝物なんじゃないかと思う。

 

 

大人な、アムールなお二人の素晴らしい俳優が、出会われた「運命のままに」に・・・