TIGRAN HAMASYAN / WORLD PASSION | 晴れ時々ジャズ

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日々の雑感とともに、フランスを中心に最新の欧州ジャズについて書いています。

*これは、2006年10月28日付で記事にしていたものを再公開しています。


最初、Nocturneレーベルのウェブページで本作のジャケットを見ただけで判断して無視していたのですが、何の気なしにパーソネルを確認してみましたら、FRANCOIS MOUTIN(1961年12月24日、フランスのパリ生まれ)とARI HOENIG(1973年、フィラデルフィア生まれ)が参加しているではありませんか!慌てて“ヒズマスターズヴォイス”のマルチバイ割引を利用して注文したしだいです(笑)う~む、見逃さなくてよかったー。

リーダーのTIGRAN HAMASYAN(1987年7月17日、アルメニア共和国のギュムリ生まれ)は、2歳の頃からことのほか音楽に興味を示し、ほかのどんな玩具よりもTape Player(おそらく初期ウォークマンのこと)とピアノがお気に入りだったそうで(ここまではよくある話)、なんと、3歳にして自分の弾くピアノ伴奏(3歳のお手々はちいちゃいぞ)に合わせて、ツェペリン、パープル、ビートルズ、クィーン、サッチモの曲を歌いまくっていたという。想像すると可愛らしくて笑える光景ですけれど、なんとも凄いエピソードではありませんか。
そんなTIGRAN HAMASYANは、2006年度のセロニアス・モンク・コンペティション(非営利のジャズ教育・振興団体「セロニアス・モンク・インスティテュート・オブ・ジャズ」が主催する新人ジャズミュージシャンの登竜門)のウィナーとなっており、現在はL.A.で研鑽を積んでいるとのこと。セロニアス・モンク・コンペティションについて詳しくはコチラをご覧ください。
http://www.monkinstitute.com/

さて、本作は、2004年12月にL.A.で録音されたTIGRAN HAMASYANの初リーダー作。最初に述べた最強のリズム隊のほかに、名前を聞くのも初めてのBEN WENDEL(L.A.生まれ)、ROUBEN HARUTYUNYAN(生年不詳、やはりアルメニアの人?)という面々。全10曲のうちHAMASYAN作曲が5曲。アルメニア民謡が4曲。COLE PORTERが1曲となっており、曲によって編成も変わります。
録音当時、TIGRAN HAMASYANはたったの17歳に過ぎなかったということになる訳ですが、ちょっと俄かには信じられない。とにかくピアノが上手いのなんのって、高度な演奏技術、フィーリングとセンスの良さには思わず舌を巻くほど。もちろん作曲の腕も確かで、アレンジも全曲を担当しており、オリジナル曲の半端でないカッコよさときたら、あのMOUTIN REUNION QUARTETも真っ青になるほど。また、アルメニア民謡を主題にした曲で見せる表現力の豊かさと美しさは、もう感動もので、それをちゃんと自分のものにしてしまっており、母国アルメニアへの誇りとその音楽に寄せる愛情が伺えます。ジャズを主体にしてはいますが、アルメニアの民族音楽の美しさと、コンテンポラリーで先進的でフレッシュな感性が融合した、複雑で豊かな音楽性を見せていて、正直「こらまた凄いのが現れよったなー。」と驚きました。もしかして、彼は天才?

まずはオリジナル曲の印象を書いてみましょう。
1曲目のWORLD PASSIONは、ARI HOENIGの気合が充満した鋭いスティック捌きに続いて、どこか中近東あたりのスパイスがほどよく効いたスピード感溢れるハードボイルドなテーマへ。BEN WENDELのソプラノサックスが加わってがっぷりと4つに組んだ堅固なアンサンブルといい、そこかしこに仕掛けられたアイディアといい、TIGRAN HAMASYANのピアノのジャジーで中近東(?)なフィーリングといい、この曲のかっこよさといったら!後半のソプラノサックスのソロも聴きもののひとつ。ああ...いきなりこんなの聴いて痺れてしもたら、明日から社会復帰出来へんかもしれん(笑)
2曲目のWHAT DOES YOUR HEART WANTも民族的香りをちりばめたテーマが美しく、力強く、かっこいい。唸りながらソロを展開するTIGRAN HAMASYANのソロのかっこよさ、バッキングの上手さ、そしてFRANCOIS MOUTINの繰り広げる縦横無尽の早や弾きベースソロが凄いのなんのってアナタ、もう目ぇが点になりまっせ。トリオ+ソプラノサックスによる緊張感みなぎる1曲。
5曲目のPART 2 : ETERNITYは、BEN WENDELのテナーサックスが主役。トリオによるハードでかっこいいリフに乗って、BEN WENDELがテナーでソロを延々と吹きまくる。が、決して単調にはなっていないところはさすがなのです。
アルメニア民謡を主題にした曲では、
3曲目のTHESE HOUSESは、哀愁たっぷりの美しいメロディにまず心惹かれます。ここで聴かれる独特の音色を持った笛がアルメニアの民族楽器、ドゥドゥク(アルメニアに古くから伝わる民族楽器)なのでしょうか。哀愁に満ちた優しい音色に耳を傾けますと、異国の砂漠や遠くに連なる山々といった、まだ見ぬ美しい自然の風景に思いをはせてしまいます。
6曲目のTHE RAIN IS COMINGは、トリオによる演奏で、爽やかに突き抜けた明るさに交錯する哀愁、軽快さと力強さを併せ持つ曲。
7曲目のMOTHER'S LAMENTは、TIGRAN HAMASYANのピアノとROUBEN HARUTYUNYANのドゥドゥクによるデュオ。このような深い悲しみを静かに、しかし、胸をえぐられるような愁訴でもって表現したMOTHER'S LAMENT(母の哀歌)とは、我が子を亡くした母親の嘆きの歌でなくてなんでありましょう。それにしましても、ドゥドゥクという民族楽器は、なんと哀しく切ない音色が出るのでしょうか。コントロールも抜群の美しい音色のドゥドゥクは何度聴いても涙です。
8曲目のFROSEN FEETは、一転してROUBEN HARUTYUNYANの吹くズルナ(中近東~バルカン地方を中心に広く使われる民族楽器でダブルリードの木管)のけたたましく響く高音といっぷう変わった音階が面白い。
COLE PORTER作曲の9曲目、WHAT IS THIS THING CALLED LOVEは、どこにもそれらしきメロディが見当たらず、「えっ、これのどこが?」と、少々焦りました(笑)スピード感に溢れたARI HOENIGのブラシワークも素晴らしいですが、FRANCOIS MOUTINの早弾きソロも凄い。終盤、ARI HOENIGのドラムソロとなり、例のトーキングドラムふうパフォーマンスでかっこよくキマリ!フュージョンふう4ビートジャズとでもいえばよいのか、こんなに面白くてスリリングなWHAT IS THIS THING CALLED LOVEは初めて聴きました(;^_^A

アルバム一枚の隅々にTIGRAN HAMASYANの持てる豊かな才能が遺憾なく発揮された素晴らしい作品で、その完成度の高さは、TIGRAN HAMASYANが17歳にしてすでに一流のジャズプレイヤーであり、作曲家であることをはっきりと示しています。卓越したテクニックとセンスと音楽的な勘の鋭さで、凄腕のMOUTINやHOENIGらと互角に渡り合う様は聴いていて爽快そのもの。若くして稀有な才能を持つピアニストTIGRAN HAMASYANの初リーダー作の録音に臨んだFRANCOIS MOUTIN、ARI HOENIGらが「よっしゃ。ほんなら、いっちょ、本気出したろかい!」と、ついつい、いつもより少しだけ張り切ったらこんな凄いのが出来ちゃいましたという感じ。いやはや、恐れ入りましたー!<(_ _)>

御用とお急ぎでないかたはTIGRAN HAMASYANのHPをご覧ください。
       http://tigranhamasyan.am/

BEN WENDELのHPはこちら。
       http://www.benwendel.com/

ARI HOENIGのHPはこちら。
       http://www.arihoenig.com/

FRANCOIS MOUTINを紹介するページはこちらです。
       http://moutin.com/Francois.html

*どうでもいいオマケ
ふう~...本作のあまりの凄さには思わずエキサイトしちゃいました。TIGRAN HAMASYAN君もやはり弾きながら唸っておりますね。唸るピアニストは演奏が上手いという法則は、やはり正しいのです。
若きTIGRAN君の才能に乾杯!(私、一滴も飲めないけど)そして、唸るジャズピアニストばんざーい!!

■TIGRAN HAMASYAN / WORLD PASSION (Nocturne NTCD 394)
TIGRAN HAMASYAN (p, el-p)
BEN WENDEL (ss, ts)
FRANCOIS MOUTIN (b)
ARI HOENIG (ds)
ROUBEN HARUTYUNYAN (duduk, zurna)
入手先:HMV(通販)