ココイチ_東証改革が引き起こす「経営権の流動化」_サマーズが語る市場の卓越性と雇用を守る現実解
「カレーハウスCoCo壱番屋」で知られる壱番屋をめぐり、親会社のハウス食品グループ本社が、株式の売却と非公開化の検討に入ったというニュースがありました。
一見すると、これは一企業の資本政策の話に見えます。
しかし、その背景には、日本の株式市場で進んできたガバナンス改革があります。
そして、このニュースを考えるうえで興味深いのが、米国の経済学者ラリー・サマーズの市場に対する考え方です。
市場は、ただ自由にしておけば自然に最適な結果を生み出すわけではありません。
むしろ、市場がうまく機能するためには、それを支える適切な制度やインセンティブの設計が必要になる。
ココイチをめぐる今回の動きは、そのことを考える一つの事例として見ることができます。
サマーズが見ていた「市場の卓越性」の条件
サマーズは、市場メカニズムそのものの有効性を否定する経済学者ではありません。
むしろ、市場には資本や経営資源を効率的に配分する力がある。
ただし、その力が十分に発揮されるためには、適切なルールやインセンティブ構造が必要だと考えます。⚡⚡
ここが重要なところです。
「自由な市場に任せればよい」という単純な市場万能論ではありません。
市場の力を引き出すために、どのような制度を設計するのか。
その視点から今回のココイチを見ると、東証を中心に進められてきた日本企業のガバナンス改革が見えてきます。
PBR改善の要請や、親子上場の解消を促す動きなどは、企業に資本効率を意識させる方向に働いてきました。
企業が保有する資本を効率的に使っているのか。
株主から預かった資本に対して、十分な価値を生み出しているのか。
そうした点を市場から問い直す仕組みです。
今回の壱番屋をめぐる動きも、こうした市場環境の変化と無関係ではありません。
そう考えれば、これは単なる一企業の売却というより、制度設計によって市場に働くインセンティブを変えた結果として生じた経営権の流動化と見ることができます。
しかし、経営主体が変われば経営も変わる
もっとも、ここで話を「資本効率が高まった」で終わらせることはできません。
今回、買い手候補として名前が挙がるプライベート・エクイティファンドの動きには、注意して見る必要があります。
企業の経営権が市場を通じて移動すること自体は、必ずしも悪いことではありません。
新しい経営主体によって、企業の生産性が高まり、事業が成長する可能性もあります。
一方で、経営主体が変われば、経営方針も変わります。
コスト削減の考え方が変わるかもしれない。
投資の優先順位が変わるかもしれない。
そして、従業員の働く環境にも影響が及ぶ可能性があります。
だからこそ、市場としても、単純に「企業価値が上がればよい」と考えるだけでは十分ではありません。
買収後の経営体が、中長期的な生産性向上に投資するインセンティブを持てる仕組みをどう設計するのか。
同時に、一部の株主だけが不利益を被ることのないよう、市場の透明性をどう高めるのか。
そこまで含めて制度を考える必要があります。
市場改革とは、企業を売買しやすくすることだけではありません。
経営権が動いた後に、企業がどのような方向へ向かうのか。
その変化を市場がどこまで適切に監視できるのか。
そこまで含めて考える必要があります。
「会社が変わる」と、働く人はどうなるのか
そして、この問題を企業や株主だけの話として終わらせることもできません。
経営主体が変わるということは、従業員から見れば、自分が働く会社の方針が変わる可能性があるということだからです。
これは、決して小さな変化ではありません。
経営陣が変われば、事業戦略が変わる。
事業戦略が変われば、組織や仕事の進め方が変わる。
場合によっては、労働条件や職場環境にも影響が及ぶことがあります。
では、従業員はどうすればよいのでしょうか。
教科書的な答えなら、⚡⚡
「会社の施策変更に柔軟に対応する」
「自分のキャリアを棚卸しする」
「必要であれば転職できるよう準備する」
ということになるでしょう。
もちろん、それは間違いではありません。
しかし、現実には、そう簡単ではありません。
会社そのものが変わろうとしているとき、働く側が最初にすべきことは、
自分の将来を想像することよりも、
まず会社がどこへ向かおうとしているのかを正確に知ることです。
最初にやるべきことは「正確な情報を取る」こと
経営主体が変わる可能性が出てきたとき、まず確認したいのは、会社が実際に何を変更しようとしているのかです。
会社からの通知や説明会には、できる限り参加する。
そこで示された経営方針や組織変更について確認する。
そして、雇用契約書や就業規則を改めて確認する。
新しい労働条件が提示された場合には、口頭の説明だけで済ませず、必ず書面で受け取り、保管しておく。
こうしたことは地味に見えます。⚡⚡
しかし、会社の経営主体が変わるような局面では、非常に重要です。⚡⚡
先のことを不安に思って転職活動を始める前に、まず自分が現在どのような契約のもとで働いていて、会社が何を変更しようとしているのかを把握する。
それが、働く側にとっての第一歩になります。
市場改革が進むほど、「経営権が動く」時代になる
今回のココイチをめぐる動きから見えてくるのは、単純な「売却の是非」ではありません。
PBR改善や親子上場の解消など、日本の資本市場では、企業に資本効率を高めることを求める流れが強まっています。
これは、市場の資本配分をより効率的にするという意味では重要な変化です。
一方で、その結果として、企業の経営権がこれまで以上に流動化する可能性があります。
そして、経営権が動けば、経営方針も動く。
経営方針が動けば、企業で働く人にも影響が及びます。
つまり、市場改革を考えるときには、
「株主にとって企業価値が高まるか」
だけではなく、
「その変化が企業の中でどのように実装され、働く人にどのような変化をもたらすのか」
まで見ておく必要があります。
サマーズの議論から考えても、重要なのは「市場か政府か」という二者択一ではありません。
市場がその力を発揮するために、どのような制度を設計するのか。
そして、その制度によって生じる変化を、企業や株主、従業員がどのように受け止めるのか。
そこまで含めて市場の仕組みを考える必要があります。
今回のココイチのニュースは、そのことを考える格好の材料なのかもしれません。
あとがき
企業の売却というニュースを見ると、どうしても「誰が買うのか」「いくらなのか」といった資本市場の話に目が向きます。
しかし、その経営権が動いた先では、実際に人が働いています。
市場の制度設計によって企業が動き、企業が動くことで働く人の環境も変わる。
ニュースを一段深く見るとは、こうした「市場の変化が、企業を通じて人の現実にどうつながるのか」を見ることなのだと思います。

