プロフェッショナリズムについて | 色塾BLOG-

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日々のビジネス・社会に対する思いや、起業に向けた考え、読書に対する感想など様々な話題を、海外で働くマーケターとしての第3者の視点から展開。

楽天の三木谷社長の本の中から、響く言葉が3つあった。




「当事者意識をもって仕事に取り組めば、人は誰でもプロフェッショナルになれるのだ。」




この言葉は、僕が、「所詮サラリーマンなんだから」と愚痴を溢していたことに関して、引っかかった言葉。全ての事項において、当事者として、仕事をするということは大変「気」を消耗することではあるが、これができなければ、プロフェッショナルな労働者とはいえないかもしれない。周りがいろいろ影響を与え、もしくは影響力を行使してくる中で、でも当事者として、自分が結果に影響を与え、自分がビジネスを動かすのだという気概を失えば、それは組織の歯車でしかなくなる。自分が、常にプロフェッショナルであり続けるためには、まだまだメンタル面で強くならなければならない部分が大いにあるのだと思う。






「仕事をするからには全力で取り組みたい。そうでなければ、面白くもなんともないから」





これだけのことを平気でいってのける彼はやはり素晴らしいプロフェッショナルなのだと思う。本気でやらなければ何も楽しくないというのは真実を伝えていると思う。本気になれないのはなぜなのか?などという質問をし始めたらどうしようもない。その結論は、「自分が本気でやっていないからだ」とういう禅問答にひっかかるからだ。僕もこのような質問を入社以来、何十回としてきたが、いつも答えは同じである。「自分が本気でやろうとしていないからでしょ?」という結論を得て終わるだけである。本気でやることには、理由など無い。自分が本気でやっているかどうかは、自分が本気でやるという覚悟があるかどうか、それだけである。であれば簡単である。本気でやるということを、自分にコミットできるかどうかがプロかどうかを左右する。




このことに関して、ゴジラ松井もおなじようなことを言っていたことを記憶している。こんな感じだったかな。


「僕は、毎回打席に立ってホームランを打てるわけでもないし、ヒットを打てるわけでもない。打率にしても所詮3本に1本しか打てない。だからといって諦めていては仕方が無い。そんな中でも、僕にもできることはある。2塁に向けて凡打を打ってしまい、「あっ」と思った瞬間に、それでも1塁めがけて全力で走ることである。毎日全力でプレーすることしか僕にはできないが、それこそが本当に難しい気がする。」




要は、常に全力でプレーできるかに全ては掛かっているのかもしれない。言い訳をする前に、全力で気合を入れて走ることだけが、自分にコントロールできることなのだとしたら、それを愚直にするしかないのである。




「できるだけ高い目標をつくることだ。達成したら自分の人生が変わると思うくらいの目標がいい」





全力で走る手助けをしてくれるのはやはり目標である。ゴールや意義のないものに、夢中になるのはやはり難しい。目標が高ければ高いほど、たぶん頑張れる。「目標が高すぎると挫折する」というのはリアリティとしては正しいかもしれないが、それはいい訳であるかもしれない。達成したら、自分の人生が変わる目標。




以前にも書いたが、30歳までに、ある程度の金持ちになって、自由を確保する。そしたら人生は変わる。


そっから更に、夢に向けて突っ走る。