パンチくんという人工保育で育った子猿の動画を見ていると、お母さん代わりとしてオラウータンのぬいぐるみがパンチくんの「安全基地」になっているのを見てとれます。
一緒に連れて外へ出ていく
群れとしての躾などを受けた時に逃げ込む
オランママの側で眠る
😢となった時にくっついて触る
そうやってオランママという安全基地で補充されて
再び、群れの中へ入って行ったり
他の猿とコミュニケーションを取ったり
遊んだり、毛繕いしてもらったりとチャレンジをしています。
🐒
これは人間の幼稚園児と同じで
ずっと母親や家族といて自分にだけ注目して世話をしてくれていた環境から、全く異なる環境である幼稚園へ行くようになり多くの時間を大勢の他者と過ごす。
幼稚園や保育園では色んな事があるでしょう。
先輩園児に園の掟を教えられるかもしれません。
喧嘩をして泣いたり泣かしたりするかもしれません。食べる時間や昼寝の時間は決まっています。
今まで通り自分だけの為に他者が存在している訳ではありませんし、思い通りに動いてくれません。
(ここで思いきり戦略が駆使されます)
この幼稚園児で人生が止まっている人もいます。
本当は、ほとんどの人がそうかと思います。
肉体は歳を取りますが精神面が幼稚園児のままです。空間で表していくとそこで留まっている自分を認識できます。
ニューコードセッションではそれらを認識して「一緒に出て行こう!」と自分で自分を連れ出せる人が殆どです。
かなり少数にはなりますが幼稚園児の方に居座ることを選択する人もいて、母親が救出しにくるのを待ってるんですよね。母親に直接言うことはせず「いい子」を演じ続けて「承認ポイント」を稼ぎ続けて待ち続ける。
中高年になってもオランママや飼育員の人とだけ過ごすことしかできずに、群れの中で生きていけない状態です。
この人のことを誰が面倒みるのでしょう?
配偶者がいれば配偶者
子どもがいれば大人になった子供かもしれません。
自分が本当に気づいた時には自分でしょう。
幼少の頃から何かとチャレンジしてきた人や、自分で幼稚園児の自分を連れ出せる人が親になってる場合、愛情が加わりその親自身が多かれ少なかれ子供の「安全基地」として機能しています。
幼稚園児のままで止まっている親の場合
愛情はあれど「安全基地」の機能は常に提供できません。親が誰かに「安全基地」を提供してもらった時だけ、子供へ「安全基地」を提供できます。
愛情がなければ安全基地は生まれないでしょう。
子供は「今は安全かな?」と親の顔色を伺うようになります。安全が確保できない子供ほど、親の状態を見て自分の行動を変えていくようになる。子供が生きていくのに親の承認は必要ですから。ここに自発性が育たない土壌が現れます。
また、自分がいい子でいることや何もできない子供のままでいることで、親に優位性や安全基地を与えようとする場合もあるかもしれません。肉体の生存戦略です。
子供は安全基地の元に冒険へ出かけていきたいんですよね!それが健全な成長です。
泣きたい時、寂しい時、怖いとき、言葉にならない感情が溢れてくる時、どこか不安な時、モヤモヤする時、怖い夢を見た時、「安全基地」があることで深い所では安心して、人としての感情や体験を味わい尽くして、次へいける。
オランママや飼育員の人に抱きついて
安心をチャージしてから
群れへ入っていくパンチくんと同じ。
ある年齢になれば人は言葉にすることもできる。
感情を味わう間や話す間、待ってくれる人がいる。無条件で受け止めてくれる人がいる。そこで十分に補充されたら自ずと新しい世界や群れの中へ出かける事ができます。
待つ事をせず、解決や答えを与えることは「安全基地」とはならず、依存や正解探しになるかと思います。ここが家系の信念の伝承です。
ちまたにある「毒親」という言葉の定義は分かりませんし、名付けることで強化されるのでアレですが、少なくとも「安全基地」を子供に提供できなかった人であり、その人もまた親から「安全基地」を貰ってない可能性があるかと思います。
パンチくんを例に出しましたが、
人間は動物と違い魂がある存在です。
自らの魂意識が上位になることで色んな事を認識でき、自らビジョンへ向けて進んでいくことができます。やりたくない事はしないし親の承認を得る為に自らの意思を削ぐ事はない。
安全基地を十分に貰って成長した子供は
15歳から魂意識が上位になってきます。
そういう子が一人or親御さんと一緒にセッションへ来られた時には歓びが現れてきます
その子達は何より自分を大切にできているのです。
魂の放射があるのです✨














