シェディングなどの感覚系
体感覚、嗅覚
何かおかしい。。の直観、直感、本能
それらが鈍っている背景には
ジャッジ(正しさ)があるんではないかなー🤔
日々のジャッジの積み重ねが
鈍化を生んでるんでは?
あと、はじめはおかしい。。と感知してても
慣れてくる。慣れによる鈍化もあるかと。
鈍化する事で対応していく→サバイバル、信念
前提の強化
遊びに来た人は最後まで遊び
自分のことでいっぱいの人は最後まで自我の中?
この変化の中でも同じことをくり返してる中年以上の存在
何も感じてないかのように
目を閉じ、口を閉じ、頭上を閉じ
感じること担当の
金星期の若者と同じことをしてる中年壮年老年
無責任でいる人は最後までそう。
自分の人生に責任を取るつもりがない。
それをプロセスといえばプロセスかもしんないけど、
この変化の中で動かない。動けない人は
変化後に何をするのか🤔❓
することがあると思っているのか?
ナゾ。
そんな鈍化&無責任&動かない中年以上が多勢を占める世界の中、意識の変化のポインターとなる事を選択して来ている子どもたち。かつての子どもたち。そしてその親御さんたち。おばあちゃんおじいちゃんになる人達の粒子と存在✨は、
ある意味、
新たなグリッドの一枚かもしんない。
そゆグリッドが重なることで
変化していくこともある。
無責任自己中で
グリッドの交点に立つことはないのでは🤔
グリッドと
数秘と幾何学を絡めていくと
かなり興味深い考察が生まれてくる!
→次回現実化LABOにて✨
意識のポインターとなる
宇宙粒子な子ども達には、ジャッジがない。
鈍化選択中の旧勢力が多くいる世界で
分からないことだらけの体験も多々あり、
ときに傷つくことはありながら
ジャッジがないんだね。
正しい、正しくないがないゆえ
戦略が生まれない。
それはそれ
これはこれと
因果関係が生じない世界を生きている。
20260621
チャクラビルOpenへ向けた
星々のARTと旅の粒子




