のときにもお話しましたが、
その人を取り巻く環境って、
とっても大事だと思うんです。
わたしが特別支援学校の教員だった頃の話。
わたしは初任者としてある学校に配属になりました。
大学を出たばかりで、社会経験といえば
飲食店でのバイトぐらいだったわたしにとって、
ある日突然「教員」として子どもたちの前に立つのは
戸惑いと不安の毎日でした。
そのときの学年主任が
体育会系バリバリ。
わたしは文系バリバリ。
だから、そもそも人として合わなかったのかもしれませんが
かなりつらい1年間になりました![]()
いわゆる、例の学校の先生同士のいじめ
とまではいきませんでしたが、
確実にいびられていたな、とは思います笑
ある日、
学年主任の先生がほかの先生に、
「あの子は挫折をしたことがないんだから
少しぐらい困らせて、挫折を味わわせればいいのよ」
とわたしのことを言っているのを聞いてしまいました![]()
わたしは大学から一発合格で教員採用試験に受かったので
それを「挫折したことがない」と言っていたのです。
わたし、高校受験は落ちたけどね笑
その先生は何度も教員採用試験に落ちた経験があったようです。
今思えば、くだらないな~と思いますが
そのときは、逆に「なにくそ~~!」と思って
絶対折れるもんか!!と
その先生のいびりを笑顔でかわしたのを思い出します。
わたしもなかなかの強い女だったんですね![]()
でもね、
その1年は、1年目というのもありましたが
自分の本来の力を発揮できませんでした。
その先生ににらまれると、
子どもとの接し方が不安になる。
本当にこれで合ってるのかしら。
あれ?この言葉かけ、間違ってるかな。
わたしの振る舞いって、おかしいかな。
考えれば考えるほどドツボにはまり、
自信のなさが
子どもたちにも伝わるので、
授業なんてうまくできたためしがありませんでした。
そして、案の定、
授業が終われば、
「あれはダメだった」「これはダメだった。」
「もっとしっかりやりなさい」「あなたの代わりなんていくらでもいる!」「やる気がないなら今すぐやめろ」
とさんざんの言われよう。
反省すべきところは反省し、
次いってみよー!!!
と思いつつも、
やはり、その先生の存在が視界の端にあるだけで
自分を解放できず
自然体で子どもたちと向き合うことが
できませんでした。
授業案一つとってもそうです。
なにが正解かわからない。
わたしにとって授業案は、
子どもたちをどう伸ばしていこうかと思って作ってはいたけれど、
本当に支配されていた思いは
「この授業案は、どうすればあの先生のお眼鏡にかなうのか」
というものでした。
最低ですよね![]()
![]()
![]()
そして、
私の心が疲弊しているのを
きっと周りのみんなは知っていたけれど、
わたしを助けてくれた人は一人もいませんでした。
ある日、講師の2人の先生が
仕事終わりに飲みに誘ってくれました。
「ねぇ、毎日大変でしょ。大丈夫?みんなで心配してるんだけど
あなたを助けたら、
今度はあの先生に
わたしたちが目を付けられそうで怖くて
みんなあなたを助けたくても助けられないでいるの。
本当にごめんなさい」
まさかの、謝られたのです。
みんな、そう思っていてくれたのだということを知れて
少しホッとしました。
それから2年後、
わたしは例のB先生をうまくフォローしてくれていたC先生と
組むことになりました。
C先生は、本当に素晴らしい先生で、
「あなたのアイディアはいいね!!それやってみよう!!」
「いつもあなたに助けられてるよ。ありがとう」
「あなたが研修で休んだとき、〇〇くんが寂しそうだったよ」
と、わたしを勇気づけてくれました。
そういう言葉を浴びていると、
わたしはどんどん自信がつき、
自分でも、自分が生き生きとしていることを感じられたし、
それが子どもたちに伝わっていることがわかりました。
わたしとC先生のクラスは
いつも笑い声の絶えないクラスになりました。
わたしのほかにも、
責められてばかりいたり、
ダメ出しをされてばかりいて
いつもおどおどしたり、すぐへまをしてばかりだった先生が、
次の年、明るく励ましてくれる先生と組むことで
本来の力を発揮して、
「え!?そんなに力のある人だったの!?」と
目を疑いたくなるように別人のように変わった人が
一人や二人じゃないんです!!!
ある研究で、
虐待をされて育った人の脳は、
感情をつかさどる前頭野が小さくなって
自分のコントロールができなくなったり
視覚野が小さくなったり、といった
脳の変化が起こってくるそうです。
外部からのストレスに耐えられるように
自ら情報量を減らそうとするらしいのです。
切ないですよね。
パワハラやいじめ、などという言葉が
一般的になりましたが、
周りの人的環境が及ぼす影響は
計り知れないです。
わたしはその経験を通して、
「いい先生」というのは周りに作られていく
ということを実感しました。
そして、子育てをしている今、
自分の子どもや周りの子どもたちに
できるだけ温かい言葉をかけ、
愛情を注いで
自分に自信をもてるように
育てたい
と思うのです。
もし、人から何か言われても、
自分を大事にできるように。
そのままの自分で十分素晴らしいって思えるように。
誇り高く生きられるように。
初任のときのわたしの経験は、
もちろん、
わたしの努力不足、甘え、が原因のことが
ありましたから、
あの先生だけを責めるわけではありません。
自分に落ち度があることはわかっています。
でも、
わたしにとっては、
とても苦しい一年で、
どうしても書かずにはいられませんでした。
最後まで読んでくれてありがとうございました。