息子(中学の2年半不登校。この4月から通信制高校に最小限登校)が、スクーリングではない日の前日、「明日は登校するから、8時10分に起きてこなかったら起こして」と言いました。

当日8時に自分で起きてきましたが、「頭が痛い」とのこと。「そうなん、頭痛がするん。初めての曜日に登校しようとして緊張しすぎたからかねー」とだけ言って、テレビを見ながらテレビの話をしながら、朝食をたべて、別室でため息。

「行く行く詐欺」は何度あっても慣れることはなく、やるせなくて心がざわつきます。私は自分に、「そうなるだろうな、って思っていたよね」とか、「行こうと思って私に伝えたのは良いことだと思うのよ」、「昔ほどイライラや腹立ちがないのは、私、成長したよね」などと言い聞かせます。でも、気落ちします。期待していないと思っていても、かすかな期待があるからがっかりするのでしょう。

「質のいいあきらめ」。気持ちが落ち着かず、彼に嫌味を言ってしまいそうなので、Yahoo!ニュースでも読むふりしよう、と立ち上げて、この記事を見つけました。「不登校」をキーワード設定して、集まっていた記事の一つ、発達障害の子と母の17年を記した本を出版した小児科医と別の障害を持つ子の母の対談記事でした。

「質のよいあきらめ」。不登校と精神的な格闘を3年した今だから、わかります。「期待はせずとも希望は捨てず」と同じく、心の支えにしたい言葉です。

"人間って結局、時間をかけて、一歩一歩ステップを踏んでいって、たぶんどこかでいい意味であきらめる時がくるんですね。

 そのあきらめというのは、投げやりになったり、自暴自棄になることとは別なんですね。質のいいあきらめの時がくるんです。それを乗り越えていくと、たぶん、お母様がたというのは、自分の中で持っていた、それまで過去に自分が築いてきた価値観を1回壊して、新しい価値基準を作り直す。で、自分の子どもに対して「あなたはあなたでいいんですよ」と認める、自分の子どもを。

それは、認めるというレベルよりも一段階高くて、承認を与えるような。あなたでよかったんだよ、とステージが上がっていくのかなというのが、多くのご家族を見てきた、ぼくの印象ですね。"


記事全文はこちらです。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20181202-00000003-pseven-life&p=2



息子が中学1年生秋から不登校になって3年。私は、寄り添う、見守ることを続けるしかないのかしら、という不安に時々襲われます。それで、他の親の会に参加したり、不登校を専門にしているカウンセラーの講演会を聞きに行ったりしています。

情報は、親の会の主宰者さくらさんがメーリングリストでこまめに発信されるメールから入手。情報発信、会の開催、市や関連団体との関係作りなど、さくらさんの「不登校に悩むお母さんが一人でも減るように」という熱意と工夫と努力に感謝しています。

前回聞きに行った講演会は、「今は社会的に自立した、20年前に不登校生」の親の会が主催で、不登校専門のカウンセラーの講演でした。講演後に、何人かの大先輩お母さんに話を聞いて頂いて、「その考え方と接し方で大丈夫。必ず社会的自立すると思うから見守り続けてね」と励まされ、不安が低減しました。

講演会でも、先輩お母さんとの話でも、心励まされる、心に響くお話をたくさん聞きましたが、ざっくり箇条書きしてしまうと、
「普通の、穏やかな親子関係をベースに、子どもの気持ちや感情に寄り添う言葉や態度が大事」
「子どもと付き合う技術があるから、学び、実践しよう」
「1年弱で復学する子もいるけど、多くの子は10年くらい低空飛行。25歳から30歳にかけて社会的に自立していくことが多い」
「見捨てられた、と思わせない」
「精神科の薬はできるなら飲ませないほうがよい」
というような内容が印象に残っています。

今の自分の考えや物言いや立ち振る舞いが間違っていないことがわかり、心落ち着きました。

いつかは社会的自立していくようだ、と信じて、親が穏やかに適切に子どもに接していくしかないのだということを思い直せた機会でした。
週に一、二回、外出するかどうかの息子(通信制高校一年。一人っ子、中学1年秋から不登校。アドラー心理学の親子関係講座と親の会のおかげで親子関係は安定中)に、他人と交流してほしいと願う私がいます。「彼に何かをさせることはできない」「不登校という症状を出す『病気』なんだから優しくしないといけない」というような、私なりの諦めができてから、イライラは低減していますが、朝から夜中までゲームをする姿を見るとやるせなくなります。気持ちを鎮めようと、数カ月ぶりに親の会へ参加しました。

私と同じように、他人との交流を願うお母さんがいて、「私とはよく話すようになりました。でも、私では彼を前進させる力や技術はないから、カウンセリングを受けて欲しいと思いますが行こうとしません」と話されました。

その日はカウンセラーの先生が参加されていまして、話をよーく聴いてくれた後に、「今はとにかく話を聞いて、共感して、対話を重ねることに集中する時期だと思います。お母さんには何を話しても大丈夫と思って安心している状態を維持しましょう」と言われました。

他の方の「母の不安が先走りしてるよ〜」という声に、「そうそう、少し良くなるとすぐ次って思うのは私の悪い癖」と反省しました。

カウンセラーの先生は、「中学や高校の不登校生が自立に向かうよう背中を押すのは母親の役ではない。他の人だったり、他の何かだったりが、背中を押して、本人が自分で動いていく」「母親が唯一できるのは、子どもが「◯◯したいから手伝って」と言った時に、タイミングを逃さず、適切に、サポートできるように、日頃からアンテナをしっかり立てて関わること」を繰り返されます。

この日も先生から、ご自身のしんどかった経験、たくさんの不登校児と親を支援されている経験に基づく視点や方法をいろいろ学びました。「なるほど」「あー、そうなんだ」「講座でやったあれは、こういうことか」「講座でやったけど忘れてた」と思えることばかりで、参加して良かったです。


久しぶりの投稿になりました。最後にうちの近況について、圧縮して書いてみます。子どもが荒れて、彼にいつ刺されるか、私が彼と同じ空間にいることが耐えられない、という時期もありましたが、過去のブログに書きました通り、適切な関わり方と考え方を学んで実践すれば、耐えられる状況に変わるという事例としてご参考まで。

・息子は、一学期、単位が取れる最小限の時間を登校し、レポートを済ませ、試験を受け、全ての単位を取得しました。登校前は、1時間くらい、行きたくないとしつこく言ってきます。私は、「そだねー」とおうむ返しと「敏感だから何でも気になって気疲れしちゃうんだよねー、大変だよねー」を繰り返します。何とか登校します。

・二カ月前に、「ピアノでこの曲を弾きたい」。「◯◯したいが、きた!」と思い、慎重に、気を遣って、会話を続けました。「習えるところを探してほしい」と言われたので探してみたら、もろもろタイミングがよく、3日後から行くことに。「楽しい」と、毎日1時間弱練習しています。「がんばってるねー」「家事をしている時に聞くとはかどるわ」等々声をかけてます。

・「ずっと家にいるのは申し訳ないから」と発言して、3種類プラスアルファの家事を手伝ってくれるようになりました。「ありがとう。助かるわ〜。おかげで◯◯ができたわ」と脚本家のように表現を工夫して役者のように口にしています。

・夏休みの旅行は、前日夜に「行きたくない」となり、「そうなの。今後は2日前には言ってくれると、キャンセル料がかからないので助かるわ」とだけ言って夫と私は出かけ、彼は二泊三日を一人で過ごしました。

・私が肩がこると言ったら、「お小遣いが欲しいけどバイトは怖くてできないから」と交渉してきて、1日8分、200円で肩と腰をマッサージしてくれるようになりました。プロ並みのうまさで揉んでくれるので、私は体調が良いです。

・夫がいきなり不機嫌になっても、私と二人で、「お父さん、思うように伝えられなくてイライラしちゃってるねー。聞くから、もう少し丁寧に言ってみてよ」と対応できるようになりました。夫は対話が苦手なのを自覚しているので、苦笑いしつつ、言い直しています。

不登校の子どもを持つ親の会で知り合ったお母さん数人とランチに行きました。

大多数の人にはわかってもらえない、どうにもできない子どもの言動について、気兼ねなく話せて、「うちもそう」「あったわー」と言ってもらえる安心感、そこから生まれる「見守りと適切な勇気付けを頑張ろう」という前向き感、話を聞いて「それ、私は特に失敗しそう。気をつけよう」という気付きと自戒、などなど、私にとって、親の会への参加は、自分に向き合うセルフカウンセリングの時間だと思います。

同じ環境にいる方のブログを読むことも、セルフカウンセリングの機会だと思います。ブログを書いてくださる方々に感謝しております。

息子は、2年半の中学校不登校を経て、この4月から、週1日程度の単位認定に必要なスクーリングだけ登校しています。申し込んでいるのに行かないカリキュラムの授業料のこと、当たり前のように登校しない彼の言動などが、私の心をざわつかせていますが、学校、カウンセラー、親の会、そしてこのランチでも、「今はそれで充分」「焦ってるね」「期待しちゃってるね」「先走らないように」と言われて、その通りだなぁ、気を付けないといけないと思い直しました。ざわざわ感が低減してありがたいです。

親の会は傷の舐め合い、と揶揄されることもありますが、言い得て妙だと思います。動物はそれで傷を癒します。同じように、親の心の傷が小さくなり、子どもと穏やかに関わり、見捨てず先走りせず見守れるなら、必要なことだと思います。

以前ブログに長々と書きましたが、私は親の会の存在にもっと早く気が付けば良かったと後悔しています。そうすれば、彼が頑張った再登校を支えられて、不登校が長引かなかったのではないかと、深く後悔しています。

参加し始めた頃は、人生には目的と効率とシンプルが大事だと思っていた「会社員のおっさん」の私は、抜け出した人がいない会に参加する意味があるのか悩んだり、ゴール設定しないおしゃべりの時間に慣れなかったり、自分と向き合うのがしんどかったりしました。

でも、今は、親の会と他の方のブログは、息子への「は?  はぁ〜。……」というやるせなさやブラックな本心を、「そうなんだー、そう思うんだねー」と言って明るく演じきるための心のエネルギーになっています。

親の会、初参加には勇気と勢いとタイミングがいりますし、1回の参加では気付きは深まらないと思います。5回くらい参加して、毒を吐き、何か気付きがあるのではと他の参加者の話を傾聴し、しんどい話を聞くのがしんどく思うのは自分が同じところにいるからだと自分と向き合い、変身するきっかけをつかむことをお勧めします。

親の会に参加してよかった、という、この前とは別のブログを承諾を得ましてリブログさせていただきます。


久しぶりに親の会へ参加しました。この時期に表面化しやすい不登校。初参加の方が数名いらっしゃいました。

涙を流す方もおり、3年前の自分、つまり、何が原因なのかという混乱、絶望感と悲しさが下にある怒り、などを思い出しました。今、うちの状況は変わり映えしないので、イライラして吐き出すことは少なく、この日は、初参加の方に安心してもらえるように穏やかな口調で話せました。

親の会で、一人じゃないと安心して、自分の育て方や接し方が悪かったのではないようだ、不登校のわが子と接するコツがあるらしい、と分かってもらえるとよいなと思います。

許可を頂きまして、私の気持ちをうまく表現されていたブログをリブログします。



CHARAぞうマムさんのブログを拝読し、
息子の気持ち
https://ameblo.jp/charazo/entry-12379633838.html
一緒だなぁと思って、久しぶりにブログ投稿をする気になりました。

不登校の息子、何を考えての言動なのか、私にはほんとに分からないことだらけです。

最近は、相変わらずゲーム以外はほぼ何もしていないのに、疲れた、疲れた、を連発しております。しつこく言ってくるので、反応して欲しいのね、と思って、「敏感な人は、いろいろ考えて、気を回して、実際に体を動かなくても脳が疲れるのよね、しんどいな〜、大変やな〜」と言ってみたら、機嫌よく「そうや、生きるのに疲れるねん」と返事がありましたので、間違いの声かけではなかったようです。

息子は、中学1年の秋から不登校、特に2017年の中学3年の一年間は完全な引きこもりでしたから、登校は、週に1日でも、ストレスなんでしょう。私には分かりませんが……。

ブログ初回に書きましたが、息子は、この春中学を卒業し、通信制の高校に進学しました。週1日のスクーリング以外に、社会や人間関係に慣れようという登校日が設定されているのですが、その日は、全く行くつもりのない彼を見ると、私の心はザワザワしました。

でも、中学を不登校で過ごした生徒だけのクラスがある学校で、先生たちは、「無理に来させなくて大丈夫。彼は、スクーリングだけは高卒資格を取るのに必要だからなんとか行かなくては、と思っています。その日に登校し、レポートを持ってくるのですから、今はそれで充分だと思います」と言ってくださって、私の心は少し落ち着きました。私は、彼の状況が少しよくなると、もっと良くならないかしら、と欲深くなるので反省。本当に一日中ゲームしかしなかった昨年のことを思えば、週1日登校し、週5時間くらい勉強するようになったのは、確かに前進だと思います。

先日、通信制高校の保護者会があり、参加しました。ブログに書きましたが、親の会でも学んだ通り、異なる環境で育てられていても、子ども達は似たような気質を持ち、似たような不登校の段階を経るようです。私が原因ではないかと悩んだ、私が産後二カ月で復帰しバリバリ働き続けたから、中学受験でストレスがかかったから、と思う必要はない、と改めて思いました。不登校の大きな原因は、本人たちの気質や特性だろうと改めて思いました。

最近お子さんが不登校になって悩まれる方へ。育て方や関わり方が大きな原因ではないと思って良いと、私は思います。社会の大多数の方には理解が難しいことです。私はまだ渦中ではありますが、彼らに合った、物の言い方、気持ちの受け止め方、接し方、関わり方、期待の諦め方などについて、親は親の会やカウンセラーから習得して、まずは親子関係、自宅(コメントをちょうだいしまして、物理的というよりも精神的な居場所という意味だと補足します)を安全安心の場にし、焦らずに少しずつ彼らの社会的自立を目指されることをお勧めしたいと思います。


中学生を不登校で過ごした息子、今週に通信制高校の入学式の日を迎えました。1週間くらい前から、

・行きたくない
・死にたい
・めんどくさい
・疲れた
・一カ月前に戻りたい

を何度も言います。

式の前日には30回くらい、当日も朝から10回くらい言ってましたので、こりゃ行かないなぁとガッカリしながら、また、聞いてると私が疲れるよと思いながら、前にブログで書いた通り
・不平不満を言ってもらえる親子関係になったと私は喜ぶほうがよい
・彼は不平不満を受け止めてもらったら、納得して次へ進む
と心の中で唱えながら、

・そだねー、行きたくないよね、知らない場所で知らない人ばかりで、不安だよね
・死にたいくらい辛いという意味だよね、敏感な人は不安が多くて辛いよね
・そだねー、めんどくさいんだよね、疲れるんだよね、何時に起きるか、こんなこと言われたらどう答えよう、とか、いろいろ考えたらめんどくさくなるよね、疲れちゃうよね、敏感な人はいろいろ気づいて気になっちゃうから大変だね、
・一カ月前に戻りたい気持ちなんだ、考えるのが少ない時期だったから気楽だったんだねー、今は不安でしんどいよね

などと私の妄想と演技の限りを尽くして、受け止める努力をしました。すぐに口にできるよう練習しました。1年半前の私なら、面倒になって本心のキツイ言葉を言ったり、無視したりしていたと思います。

彼は、行きたくないと道すがらも言いながら、入学式に行きました。

私は、ホッとしつつも、学校がある日はこれが続くのかと思うと、憂鬱でした。

でも、式後のホームルームが終わるのを待っている間に、皆さんのブログを読み、特に、けいさんのブログにとても励まされました。

彼に不平不満や罵詈雑言をぶつけられると、私は、言っている息子を見るのが不安になったり、自分と彼が考え方や行動が異なることが不安になったりすることが、イライラにつながったりするんだ、と私の気持ちの整理ができました。

今日は登校日で、昨日から今朝にかけても、上記をひと通り言われましたが、けいさんのブログを参考に、
・どんな状況になったら、その気持ちは解消すると思う?
・行けたら、生きたら、なんでも楽しい人になったら、いつも元気な人になったら、どうなると思う?
・何か考えついたら聴かせてね
を付け加えるようにしたら、話が深まったり(俺は不登校を後悔していない、ゲームできて楽しかった、中学校に未練はない、不登校の経験が役に立つこともあると思う、と言う話ができました。負け惜しみや浅はかさも入っていると思います)、言ってくる頻度は減ったりしているように感じます。

皆さんのブログから、安心や勇気や気づきを頂いており、本当に感謝しております。


不登校生を持つ親の会のメンバーIさんとランチ。「息子が、めんどくさいとしょっちゅう言う。何もしてないのに」と愚痴を言いました。

そうしたら、「カウンセラーさんがこう言ってたじゃない」と思い出させてくれました。感謝です。

息子たちは、敏感でいろいろ気になるから、考える人たち。いろいろ考えるけれど、エネルギーが溜まっていないから、考えるだけでめんどくさくなってしまう。

Iさんは、今回の、ばーちゃんのところへ畑仕事を手伝いに行く話について、次のように言葉にしてくれました。

穴掘りとむね作りを頼まれたけど、どうやるんだっけ。何を着て行こう。うまくできるだろうか。どれくらいの時間でできるだろう。手伝いの合間ができた時、暇を持て余さなように何を持って行こう。この時間に着くには何時の電車に乗ろう。この電車に乗るまでには何時に出よう。そう言えばモーハンのアップデートがあったから行くまでにやっときたい。何時に起きよう。……
と考えずにはいられない。考えているとめんどくさくなってしまう。

……そりゃ、めんどくさと言いたくなりますね滝汗   Iさんの言語化のおかげで、息子がめんどくさいと言う過程と気持ちがわかりました。普通の子どもはそんなに考えずに動くだろうし、大人は経験があるから自然に動けるだろうことを、心配不安症で気にしいの彼らは考えてしまうのでしょう。

もう一つ、「生きてる意味がない」と時々言うので、どう考えて、どう対応したら良いのだろうと、悩んでいました。ちょうどタイミング良く、下記のブログを拝読し、言葉尻をとらえてイラつくのではなく、もっと深掘りしないといけない、と反省しています。「そうなんだー。生きてる意味を知りたいのね。生きてる意味が見つかったらどんなかな?」と聞けるかな……。

人と直接に、あるいは、ブログで間接的に、繋がることで助けられており、感謝しております。


前々回に続きまして、私の気持ちがざわざわする、不登校息子(ひとりっ子、中学1年秋から不登校で、この4月から通信高校生の予定)の言動について書いてみます。

「俺は、もうすぐ死ぬから、やりたいことだけしてたらいいねん。ゲームだけしてたらいいんや」

「うるさい、死ね」(この頃言われなくなっていたのですが、最近久しぶりに言われました。悲しい、悔しいから、怒りがこみ上げてきて、抑えるのが大変でした)

私は、“死ぬ死ぬ口撃”と呼んでます。
不適切な行動には注目しない、という大原則があるとはわかっていても、つい注意したり、
息子は“普通の子”ではないことや「エネルギーがたまっていないということで病気といえる状態」だということを忘れて、つい嫌味を言ったりすると、
“死ぬ死ぬ口撃”に合います。

うちの場合、「勉強はしておく方がよいと思うけどねえ」あたりが開始のきっかけに。

子どもの「死ぬ」という言葉に対して、親の会でエピソードを聞くとさまざま。焦って言動を失敗する、寄り添って対応できる、死んだら少しは悲しいかもしれないがどうぞ死んだらと思う。

私は、親の会と学校の臨床心理士との面談で、子どもの気持ちと対応方法を学んで、自分の本心はともかく、それなりに対応できるようになりました。

「そだねー、生きてるとわからないことばかりで、不安よねー。敏感な人は、いろいろ考えちゃうから不安が多くて大変よね」というような返事をしております。

死ぬ死ぬ口撃の捉え方について、どう書いても字面では伝わりにくいと思いますが、私が忘れないようにということで、箇条書きにしてみようと思います。

・「死ぬ」という言葉に驚かず、「私が攻撃してしまったので、彼は防衛しているわ」と思おう。

・「死ぬ」は表面的な言葉。奥には、先が見えない不安など、何か不安や心配がある。

・「死ね」に動揺するのは「昭和の母」。最近の子どもは軽く使う。

・子どもがエネルギーをためている時期は、親の目には、のうのうとしていたり、厚かましい態度だったりに見える。そこまで回復させたのは、親の努力の結果だと考えてよい。

・あるいは不安で現実に向き合えないので、厚かましい態度で防衛しているのかも。

・心理学では、遊び(その時は、敵味方に分かれて敵を殺す戦闘ゲーム。私には、一番して欲しくないゲームです)は、親にとって不適切な行動であっても、彼にとっては回復に最も必要だからやっていることと考える。
例えば、オンライン仲間と協力して敵を倒すことは、協調性を学んでいるかもしれない。社会は、戦いの連続なので、戦闘に慣れようとしているのかもしれない。

・親が子どもが無意味なことをしていると思うと、親の自尊心が傷つくので、子どもなりに必要なことをしていると思おう。

いずれの内容も、ほとんどは本などで読んで知識として知っていましたが、対話の中で聞くと、より心に響き、視界が開けた気持ちになりました。

今回は愚痴を失礼します。この数日、気が滅入っており、吐き出してみようと。

息子(中学1年秋から不登校。この4月から通信制高校生。一人っ子)が「もう直ぐ学校か。行きたくない。一カ月前に戻りたい」と言うようになりました。過去無数にあった"行く行く詐欺"に悲しい思いをする日々が来るのかと思うと不安になりしんどいです。

「そだねー。知らない所で、知らない人と話さないといけないから不安だよね。なるべくしたくないことだよね」と言うと黙るので、いつもの通り不安からくる言葉のようです。前回のブログで書いたことを心の支えにしております。彼は不平不満を受け止めてもらって、納得か満足したら前に進む人だから、と心の中で繰り返して平静を保っています。

先週木曜は心乱れました。外出の帰り、最寄駅で、転校前の私立中学校の制服の子が目の前に。後ろ姿を目に階段を降りながら、「入学式は嬉しかったなぁ、自由な校風の中で好きなことを見つけて欲しかったなぁ、私がすぐに変わっていたら復学できたのかなぁ」という落胆と後悔で悲しくなってきました。

他にもいろいろ、過去感じた、あるいは、現在感じている、悔しさ、悲しさ、後悔、諦め、不安などの感情とその時々の情景が頭と心の中で蘇ってきて、歩きながら涙しました。

帰宅後、翌日に私の友達が来ることになっていたので、部屋を整理整頓。息子にお願いしたら、掃除機をかけてくれました。

時間があったので、「自分の部屋を一緒に片付けない?」と誘ったら、機嫌よく、「そやな」と。一日も登校しなかった転校先の中学校でもらった教科書が床の上に置いたまま一年が過ぎていました。息子は、それを一冊ずつ見て、地図帳などを残して、ほとんどは廃品回収の袋へ入れ、別室へ運びました。

機嫌が良いので、前の学校から持ち帰って、押入れに入れたままだった紙袋二袋も出してみました。自分で、「これは置いとこか」と言いながら、辞書や参考書を取り出して本棚に並べ、他は廃品回収袋へ。

まだ機嫌が良かったので、「制服も捨てていいよね」と聞いてみました。一言、うん。すぐに「疲れた、後は明日するわ」と言ったので、機嫌が悪くなってきたなと判断。制服は私がゴミ袋に入れて別室へ持って行きました。

さっき見た制服の子の姿、制服を着て登校していた息子の姿、一年経って復学しようとした息子の姿、管理職の仕事をしながら何とかしようと頑張っていた私の日々がフラッシュバックして、涙がこみあげてきたので、「お疲れ様ー、物がなくなったら、すっきり感じるでしょう。断捨離いいよねー」と言って出て、翌日でよいトイレ掃除をしながら、泣いておりました。

過去のしんどかったことや後悔、そして将来への不安に飲み込まれており、心乱れる一週間でした。書いてみたら、また涙しましたが、少し落ち着きました。

親の会の仲間から温かいラインを頂き、そして、読者登録しているブログを今見たら、今の私に大変ありがたいブログが投稿がされていて、前を向けました。