最愛の人の死 | 筋膜リリースで食ってる 施術者のひとりごと

筋膜リリースで食ってる 施術者のひとりごと

当サロンは元々、オールハンドで筋膜リリースを提供しておりましたが、2018年から全身ケアの痛み軽減にメディセルを使用しております。頭痛や肩こり、腰痛、緊張性頭痛や冷えなどを感じやすいかたにも好評です。あなたのストレスを軽減するサポートをいたします。

できるだけ、彼の生きたいように

させてあげたかった。

 

 

生きる手助けをしたかった。

 

 

たばこが3度の飯よりも大好きな彼。

 

 

一度目の大腸がんの手術の後

何がしたい?と聞くと

「青空の下でタバコを吸いたい」

と、言ってのけた彼。

 

 

 

 

今回の抗がん剤治療中

家の中でタバコを吸おうとするので

「吸うな~むっと言っていた。

 

 

それは一瞬でも一秒でも

長く生きていてほしかったから。

 

 

もっと一緒に生きてほしかったから。

 

 

肺がんは呼吸器の病気。

咳きこんだりしているのを

見ていられなかったのもある。

 

 

それまで

私もやめられずにいたのだが

彼が肺がんになったのをきっかけに

タバコをやめた。

 

 

亡くなったあとわかったのは

彼自身は『パチンコ』にせっせと

出かけてはタバコを吸っていたということ。

 

 

死に対してかなりの恐怖を

感じていたからこそ、

たばこを吸うこと、パチンコをすることで

メンタルを維持していたのかもしれない。

 

 

それからの彼は腸閉塞を起こしたり、

不整脈で緊急入院を2度ほどした。

 


その後、さらに体力も落ち

余命3ヶ月の宣告。

 

 

その時病院に入院するか

在宅で訪問看護を受けるようにするかの

選択をせまられた。

 

 

彼は即答した。

 

 

「帰ります」と。

 

 

退院の時に、看護師さんから

「奥さんが資格取ったし、在宅の準備も

こんなに進んでるんですよと、とっても

うれしそうに話されてたんですよ」

と、教えてもらった。

 

 

それを話している彼は

本当にうれしかったのだろう。

 

 

家に帰った彼は、訪問診療になり

そのうち点滴もしなくてはならなくなった。

 

 

痛み止めは痛みの状況が

もう通常のレベルではないので

痛みがあったらすぐ服用するようにと

言われるようになっていた。

 

 

点滴は24時間。

家族も交換することができる。

仕事のときは、交換の時間を見計らって

帰宅させてもらい交換。

 

 

仕事をしながら、点滴の交換。

 

 

さらに同時期、義母がうつになり、

介護と仕事で睡眠時間は

3時間あれば良いほうだった。

 

 

そんな状況で

2度ほど点滴の逆流というミスを犯し、

緊急で訪問ナースにヘルプを

求めたこともある。

 

 

そんなある日、

突然放射線の副作用で

出にくかった声が

普通に話せている日があった。

 

 

私はとうとうその日が来たんだな、と

別な部屋で号泣したあと子どもたちに

「今日はお父さん、調子が

いいからたくさん話しなさいね」

と伝えたが意味はわかっていなかった。

 

 

案の定、その日は

ご飯もしっかり食べられて

子どもたちは回復の兆しだとよろこんだ。

 

 

私は来るべき時を意識した。

 

 

その日の夜、彼は

「まだ早いよな」と。

 

 

「まだ早いよ。でもさ・・・

12年前にダメだったかもしれない命が

ここまで延びたんだとしたらすごくない?」

 

 

そう言うのが実は精一杯で

それ以上の

気の利いた言葉が見つからなかったのだ。

 

 

彼もボソッと「俺もそう思う」

 

 

そして「楽しかったな・・・」と。

 

 

いまだにその時の彼の姿を

忘れることはできない。

 

 

「俺が死んだあと生活できるか?

いま仕事してるから安心したけど

生活費とか大丈夫か?」

そう聞いてきた。

 

 

「ムリムリムリムリー!

生活できないよ!

いてくれないとさみしいよ!」と

本当に言いそうになった。

 

 

彼の優しさに甘えているだけじゃ

きっと前に進めない。

 

 

彼に宣言した。

「大丈夫!何とかなるし、何とかする!」

そういうと少し安堵したようだった。

 

 

自分がいなくなるということとは?

 

自分自身はどうなるのか?

 

残された妻や子どもはどうなるのか?

 

 

そんなことをいつも考えてたんだな、と

余計に切なくなった。

 

 

翌日、子どもたちが学校へ行ったあと

彼の容態が急変した。

 

 

訪問ナースに連絡をし

待っている間あまりの苦しさに彼は

「苦しいのにどうして救急車を

呼んでくれないの?」と

元のかすれた声でいった。

 

 

訪問ナースが到着するのも

救急車が到着するのも

時間的に大した時間ではなかった。

 

 

でも2人にとってこれほど

長く苦しい時間はなかったと思う。

 

 

救急車で運ばれ、病院についた時

目もすでに焦点が合っておらず

呼吸も浅く、すでに意識がない状態。

 

 

痛み止めの投与の緊急処置をし

病室を案内された。

「大丈夫だよ、いるからね」と言った瞬間

 

 

半身が起き上がった。

「本当に頼む」と訴えたいのと

「ありがとう」と言いたいのが伝わった。

 

 

そばにいた看護師さんがそれを見て

本当に驚いていた。

 

 

そしてその夜、ちょうど12時頃

自分の存在をアピールしたかったのか・・・

誰もさわっていないのに

彼の大好きなテレビのスイッチがONになり

その数時間後、静かに息を引き取った。

 

 

 

 

記事を最後まで見れたら

ポチしてくれるとうれしいです笑1

 

 


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