あけましておめでとうございます。
旧年中はAir Repairの記事を読んでくださり、ありがとうございました。
本年も「速さ」だけでなく、再現性・信頼性・そして“整える”という視点から、クルマの本質に迫る話を丁寧に発信していきます。
どうぞ本年もよろしくお願いいたします。
さて……
最近、F1の次期パワーユニット規則(2026年)を巡って「圧縮比の裏ワザ」の話を目にしました。
要点はこうです。
圧縮比は高いほど理屈の上では有利。けれど扱いはシビアになる。
だから規則で圧縮比の上限が決められ、測定方法も規定される。
ところが“測り方”が常温・静的条件で定義されているなら、熱膨張を利用して、
実稼働(高温)で実質的に圧縮比を上げられるのでは?……という疑念が出ている、という話でした。
なるほど、着眼点は確かにすばらしい。
でも私はこの記事を見た瞬間、まず最初に「実稼働の再現性は取れるのか?」と考えました。
エンジンは、温度だけでなく「時間」の機械です。
しかもレースは“常に過渡”。
パーシャル → 全開 → 急減速 → 旋回 → また全開。
気象条件も、路面温度も、風も、コース特性も刻々と変わる。
その中で圧縮比が“狙い通りの値”に収束し続けるのか?
もし収束しないなら、勝負は速さ以前に「壊れ方のルーレット」になります。
なぜ、そんなことが言い切れるのか。
それは私自身が、過去に“たった0.x秒”でエンジンが終わる瞬間を経験しているからです。
昔、18RG改2.2Lのキャブ・ツインターボに乗っていました。
カムは304/288、圧縮比6.5:1、ブースト1.5bar。
今思えば、当時の私は「パワーという数字」を追っていました。
そして、そのエンジンをブローさせたのは、全開の最中ではありません。
それは6500rpm付近(レブリミット9000rpm)で踏み直した“その瞬間”。
0.x秒後に、車が一瞬ブルッと震えた気がして、反射的にクラッチを切った。
次の瞬間「ドン!」です。
結果は、1気筒のコンロッドが折れ、クランクケースを割っていました。
ところがヘッドから上は無傷。タービンもキャブも生きていた。
つまり「熱でジワジワ溶けた」のではなく、過渡の一撃で“機械として”終わったのです。
分解して分かったのは、コンロッドエンドメタルの焼き付き、そして酷いかじり。
ロッドは曲がり、最後はセンターで折れていました。
私はこれを「ノック」という一言で片付けたくありません。
あれは、異常燃焼というべき“圧力の立ち上がり”の異常だったと思っています。
そして、その一撃が油膜を殺し、メタルをかじらせ、ロッドを座屈させる。
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※作成したイメージ図(ピストンやコンロッドの形状は違います)
※追記:「過渡の一撃」は何だったのか(用語の整理)
私が経験した“0.x秒の一撃”について、言葉を少しだけ整理しておきたい。
ノッキング、デトネーション、プリイグニッション(早期着火)は、どれも「異常燃焼」だが、起きるタイミングと破壊の仕方が違う。
一般にノック(ノッキング)は、スパークで燃焼が始まった“後”に、燃え残った混合気(エンドガス)が自着火して、燃焼室内に圧力振動(衝撃波的な圧力波)を生む現象だと説明される。軽いノックなら「カリカリ」で済むが、重くなると部品に強い衝撃荷重が入る。
「デトネーション」は本来は衝撃波を伴う爆轟を指す言葉だが、実務・一般解説ではノックとほぼ同義(=エンドガス自着火による衝撃的燃焼)として使われることも多い。
一方、プリイグニッション(早期着火)は“スパークより前”に、プラグ電極や燃焼室のホットスポット(堆積物、赤熱部など)が起点になって燃え始める現象で、短時間で危険域に飛び込みやすいと言われる。
そして厄介なのは、早期着火が引き金になって極端に破壊的なノック(mega knock / super-knock のような領域)へ繋がることがある点。
私の18RG改2.2Lキャブターボのブローは、ヘッド上は無傷なのに、コンロッドエンドメタルが酷くかじり、ロッドが曲がってセンターで折れてケースを割った。
これは「熱で溶かす」より先に「機械として折る」壊れ方で、個人的には“軽いノック”の延長より、過渡で条件が揃った瞬間に起きた「極端に鋭い筒内圧の立ち上がり(=異常燃焼の一撃)」を疑っている。
キャブ過給の過渡では、混合気の均一性が崩れやすく、踏み直しの0.x秒後に過給と充填が追い付いた瞬間、局所的に薄いポケットやホットスポットと噛み合えば、制御も操作も追いつかない“一撃”が成立する。圧力のピーク値だけでなく、立ち上がり(dP/dt)が鋭いと油膜が切れ、メタルがかじり、ロッドが座屈するまでが本当に速い。
だからこそ、今回のF1の話題(実稼働で実質圧縮比が動く可能性)を見た時に、私は真っ先に「理屈より先に、過渡で再現できるのか?」を考えたのです。
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エンジンは本当に、ほんの一瞬で終わります。
だから、F1の“圧縮比の裏ワザ”を見た時に、私が最初に思うのはここです。
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・温度で圧縮比が動く仕組みは、理屈としては成立しても、過渡で安定させるのが極めて難しい。
――・しかも安定しない領域でその考えを使うと、勝ち負けの前に「壊し方のゲーム」になる。
もちろん、F1は燃料も規定され、制御も桁違いで、私の昔話とは世界が違います。
でも、世界が違っても「過渡で壊れる構造」は同じです。
気象、路面、冷却、過給、燃焼、潤滑――すべてが同時に揺れる中で、狙った状態を保つ。
これができるかどうかが、究極の機械の“実力”です。
そして皮肉なことに、私はあの18RGのブローを境に、チューンド車の生活に一旦区切りを入れました。
生き残った部品は売れて、特にマーレーのワークスの1戦使用おさがりピストンは高価で売れた。
でも本当の収穫は別でした。
「無益なパワー競争はやめる。イコールコンディションで戦う世界へ行こう」
これがJAF公式戦参戦の始まりになりました。
ただ、そこで分かったのは、イコールコンディションの世界ほど、地味で高度なチューニングが必要になるということ。
操作の再現性、観察、分析、そして“機械で対処するか/ドライバーで対処するか”の決断。
GC8,CT9A(ACD)の時代に、それを叩き込まれました。
そして今、Air Repair iQで私がやっている「電制の整流」も、源流はそこにあります。
制御は賢い。でも入力が濁っていると迷う。
迷わせない信号、迷わせない荷重移動、迷わせない過渡。
結局、速さの正体はピークではなく、再現性です。
F1の話題を見ながら、私はまた、あの“0.x秒”を思い出しました。
数字の裏側にあるもの。
そこを見失うと、究極の機械ほど、容赦なく牙をむきます。
★意外と見過ごされている事が多い現代の電気系チューニングの基礎知識
