自分の居場所 | IPU・環太平洋大学サッカー部公式ブログ

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試合戦評はもちろん、地域貢献、ボランティア、普及活動、イベント企画など様々な活動の報告を選手自身が行います。

【公式BLOG更新】
『自分の居場所』

<報告者>
体育学部 体育学科4年
クラブ   角貫太
#大社高校

こんにちは。
環太平洋大学体育学部体育学科4年角貫太です。
今回は僕がブログを書かせていいただきます。普段はあまりこの様に自分の想いを伝えることがありませんがせっかくの機会なので僕がラスト2年過ごしたクラブのことを中心に書かせていただきます。拙い文章ではありますが、最後まで読んでいただけると幸いです。



 僕の大学サッカーは非常に濃ゆくとても充実していました。
1、2年の頃は、はちゃめちゃだけど頼り甲斐のある器のでかい先輩たちや馬鹿ばっかりするけどサッカーになるとギラギラする同期たちに囲まれてサッカーをしてきました。3年からはカテゴリーがクラブになり、そこで過ごした2年間は特に充実していた様に思います。



クラブというカテゴリーは、"緩く楽そう"というイメージが元々あり休部もできるし練習もキツくなさそうといった他の部員の声もありました。しかし、そんなクラブのキャプテンを務めた僕から言えることは、クラブだろうが他のカテゴリーだろうが関係なく、僕たちは僕たちなりに必死にもがいて苦しんで、何度も壁にぶつかりながらも常に本気でサッカーをしてきたということです。あんなに普段ふざけてて沢山迷惑をかけてきたあんな奴らでも1人1人が熱い想いを持っていて頑張ってきたと言うことを他のカテゴリーの部員には伝えたいです。



クラブのメンツはハッキリ言って濃ゆいです。いや濃ゆ過ぎます。他のカテゴリーからも『ようクラブのキャプテンやるなあ』と言われる程でした。卒業が危うい奴もいれば朝練にほぼ確実に寝坊してくる奴、キレて帰る奴、対戦相手と毎試合喧嘩する奴、急に坊主にする奴、ゴールパフォーマンスがしつこい奴、全然ゴール運びを手伝わない奴、チームの連絡を無視する奴などなど特徴は様々です。そんな動物園の様なクラブをまとめることは至難の業でした。(放し飼いの様な時期もありましたが)

今だから言えるけど一時期、本当にしんどい時期がありました。練習の雰囲気は最悪だし、言い合いもするし一人一人のやる気も下がっていました。クラブの人達ならあの地獄の雰囲気は忘れることはないと思います。正直、本当にクラブは自分ではもうどうすることも出来ないんじゃないかと諦めかけていました。しかしそんな状況でもクラブのメンバーはちゃんとそれぞれ自分を持っていて優しく熱く最高な奴ばかりでした。リキヤやタツヒコが厳しく全体に声をかけてくれたり、後輩たちは少しでもクラブが良くなるように相談に来てくれたり自分も一緒に支えるんで頑張りましょうと言ってくれたりしました。



そんな仲間に助けられてばかりの僕は、就活の関係で練習などに出れない事が沢山ありました。先生からは『もう部活を辞めて勉強に集中するべきだ』『どっちが大切か考えなさい』と言われました。休部する仲間も沢山いてそんな姿を見ていて焦りを感じていたし羨ましさも少なからずありました。それでも僕はあいつらとサッカーを続けたい、いくらしんどくてもどっちも必ず最後までやり切ってやろう、と思って続けてきました。しかし就活の関係で練習に行けない事が多い自分が、偉そうに指示を出したり予定を決めたりするから周りのみんなは不服そうにしていたことや裏で不満を言っていることを感じていました。正直そう思われるのは悔しかったし本当に苦しかったです。ここまで誰かのために必死になる必要なんてなかったのかもなどと毎日思っていたしやっぱり自分がキャプテンじゃなくて他のやつでもいいな思う時も沢山ありました。練習の時やチームの雰囲気が悪い時でもいつでも自分がやらないとと声を出し続けて無理に笑顔で平気そうに振る舞うこともありました。
悔しくて苦しいことが多かったけど、それでもやっぱりサッカーが好きでクラブのみんなが好きで応援してくれる人のためにどんな事も全て頑張りたいという想いで最後までやり続けました。

そして最後の引退試合、全部員が応援をしに駆けつけてくれました。試合前も試合中も声を枯らすくらい応援をしてくれ、僕たちはそんな最高の中で勝って引退する事ができました。本当に最高な応援でした。

僕は試合中色んなことを思い出しながらプレーしていました。ここまで長かったな、不甲斐ないキャプテンだったな、みんなは楽しくサッカーできてたかなと考えていました。
キャプテンとして何かできたのかと聞かれたら、特に何もないです。クラブで掲げたリーグ優勝も天皇杯の代表枠獲得も達成できずに終わってしまいました。上手く色んなことを伝えることことが出来ないし全員の気持ちを汲み取ってやることも出来ませんでした。他のカテゴリーのキャプテンはみんな頼り甲斐のある人たちばかりだけど自分はそんな風にはなれないまま最後の試合を終えました。

しかし試合が終わり、クラブの仲間たちから『お前だったからこのチームはここまでこれたんやぞ』『間違いなく俺のサッカー人生で一番最高なキャプテンだった』『お前じゃないとまとまってなかった、ありがとう』と言われた時は今まで頑張ってきたことは無駄じゃなくやっと色んな事が報われたな、こんな自分でもみんなの役に立てていたんだと感じ、ここが自分のいるべき居場所だったんだと心からそう思いました。

今思えば本当に本当に大変だったけど、クラブのキャプテンを務め、最後までこのメンバーで戦う事ができたことを僕は誇りに思っています。
くだらん事ですぐ揉めて沢山問題を起こすし、それでもすぐにアホみたいにふざけまくって沢山笑い合って、ビブスじゃんけんではしゃいで、朝練も半寝状態や2日酔い状態で挑んで、キツい練習も文句を言いながらも乗り越えてしんどい試合も戦い抜いて、仲間想いで優しい最高なみんなと過ごした時間が本当に好きで心地いい1番の居場所でした。
いつもは、よくキレるしすぐ連絡返さなかったりふざけてたらすぐ怒るし、偉そうに色んなことを言ってきたけど、そんなクラブのみんなが僕は心から大好きでした。
みんな本当にありがとう。

まとまりのない長い文章になりましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。
これからも環太平洋大学サッカー部を宜しくお願い致します。