そんな訳で交番で待ちぼうけを食わされた。
しばらくするとどちらとも無くしゃべり始めた。
「俺はあんたが運転態度を改め、謝ってくれるなら
事情聴取なんかとられたくないよ」
「私も同じだよ。しつこくあんたが俺の袖を掴んだりするから・・」
「あんたが逃げようとするからだ」
話しは結局そこに戻り、解決しそうに無い。
そこへ後で出て行った老警官が戻ってきた。
「お待たせして申し訳ない。さ、続きをはじめよう」
再び事情聴取が始まった。
「えーと、仕事は無職ね。で、コインランドリーに行く途中で
正面から来た自転車を避けようとして、被害者にぶつかった・・と」
「ぶつかってませんよ。歩行者の前に出て進行の邪魔をした形に
なったことは確かですが。それにその言い方だと私が加害者ですか。
私は暴力を振るわれた被害者ですよ」
「何を!まだ反省してないのかよ!」
「まあまあ。冷静に!」
そこへ本署から応援に来たという警官が職人を二人連れて
パトカーで交番にやってきた。
「ちょっとこの二人を交番で休ませてやってください。一人は
大変な火傷を負っているので横にさせてやってください」
「救急車を呼んだほうがよくないですか?」
「今、要請しました。あそこは一通なので近寄れないので
パトカーでここまで乗せてきました。救急車はこっちに向かっています」
それでまた事情聴取は中断した
「あんた大丈夫かい?今布団を敷くから横になって」
老警官は交番の奥のタタミの部屋に仮眠用の布団を敷いて
毛布を取り出した。
職人の一人は苦しそうに息をしながら横になった。
熱い、熱いとうめきながら「呼吸ができない」と訴えた。
その職人は服が焼けただれて上半身真っ赤に皮がただれていた。
「本官はまた現場に戻ります。火事のほうは鎮火に向かっていますが
野次馬が集まりだして現場は相当な混乱をきたしていますので
救急車に病人を回収したら再び現場に元気な職人を連れてもう一度
来てください」
「ご苦労様です。もっと応援を呼ばないと処理できませんね。本署に要請
してみます。で、病人を救急車に乗せたら現場確保と野次馬の整理に・・」
無線を使って先に空き巣被害の様子を聞き取りに行った若い警官を呼び出した。
「急ぎ終わらせて交番に戻ってくれ。爆発事故が起こって大混乱だ。人手が足りない」
「解りました。こちらはあと五分くらいで終わります。どうぞ」
「とにかく至急だ。どうぞ」
無線を切るとすぐに無線が鳴った。
「消防からの要請で現場の野次馬整理に人を送る。現場が荒されて困るそうだ。
だから至急怪我をしてない職人を連れて現場に戻るように・・どうぞ」
「了解。自分は怪我をした職人を救急車に回収させたら、もうひとりの職人を連れて
現場に戻ります」
警官は同じ内容を繰り返し無線で送りながらいらだっていた。
「あのう僕らは?・・」
「こういう時はおとなしく警官の指示に従ってください。
それが善良な市民の態度と言うものです」
「もし良かったら俺、交通整理やってもいいですけど・・・」
「協力してくれるか?そうか・・助かる。立ち止まってる歩行者を流す
だけでもいいんだ」
「事情を知っている職人の現着はまだか?」
「今送ります、どーぞ」
無線はひっきりなしに飛び交っている。
「コインランドリーの人はこの患者を救急車に乗せるまで
ここについていてください。お願いできますか」
「ええ、まあ」
交番からは警官と警備員がいなくなり
私と火傷をした職人が残された。
「あああう、ぐぐぐあわあわ」
「え、なんですか?しゃべれますか?」
「あんたは警官か?」
聞き取りつらい発音で何かを伝えようとしている。
「警官じゃありませんが・・ちょっと交番に用事で来ている者ですが」
「沢田はどこだ?」
「沢田?あ、もうひとりの職人さんですか」
病人は苦しそうにうなづいた。
「ここにはいませんが・・何か伝えますか」
「沢田は溶接免許を持ってない。あくまで作業してたのは俺一人だったと
会社と保険屋には押し通せ」
苦しそうな息の下からそれだけをなんとか伝えると気を失った。
そうか、保険の関係があって迂闊な証言をさせまいと必死なのだ。
しかし、事故を起してこの職人も仕事を失い、莫大な損害賠償を
求められると仕事を失い、家族まで路頭に迷うのかも知れない。
そこへ若い警官が戻って来た。
「あれ、あんたひとりですか?」
「いえ、あと怪我人と・・・」
急いで状況を伝えるが、私も興奮していて説明が要領を得ない。
「怪我人?おい、呼吸が止まっているぞ、この人」
「え?今までうなされて何かしゃべっていましたが」
「大変だ。そこに救命装置があるから・・」
胸に電極を押し当ててやるアレだ。
若い警官はかなり動揺しながらも救命装置を男の胸に
押し当てて操作した
「イチ、ニ、サン。はい。もう一度行きます。イチ、ニ、サン・・」
警官は講習で習ったのか一人言を繰り返しながら
必死で作業している。
職人の体は大きくバウンドしながらも反応は無い。
「ちきしょう!救急車はまだか!」
人が死んでいく様を初めて目にした。
だが、地獄はそこで終わらなかった。
つづく