山科から京の都を目指す旅人が、最後に向かえる難所が日ノ岡峠である。
とは言え、それほど急な勾配ではない。無理さえしなければ、労せず上りきれる。
さすがに牛馬車の通行は厳しく、その為に車石が敷かれてあった。
峠の山科側には大きな地蔵堂がある。後白河天皇の勅命により、
京洛に出入りする主要街道に安置されたうちの一つである。
地蔵は全部で六つ、これを指して六地蔵と呼ぶ。
安置、と書いたのには理由がある。京は帝がおわす土地であり、
それゆえに標的になりやすい。
現に今、長州藩の暴発組が狙っている。
が、怖いのは武力による攻撃ではない。真に怖いのは霊的攻撃。
だからこそ据えられた地蔵であった。
その地蔵がいきなり足蹴にされた。
目撃した人々は心底から驚いた。
元亀二年、織田信長によって滅ぼされた筈の群れであったからだ。
地蔵堂を取り巻く数、およそ五十。
黒の法衣を太い石帯で結び、白の袴に黒い脛当てを履き、腹部を覆う鎧、足元は高下駄。
腰には太刀、手には薙刀を持つ。白い五条袈裟で覆った顔から、目だけが覗いている。
その瞳は墨で塗りつぶしたように真っ黒であった。
群れは、地蔵堂を一薙ぎに打ち倒すと峠に向かった。
と、立ちはだかる影がある。
「こりゃ珍しいもんを見た。比叡山の僧兵ですな。いや、違うか。恐ろしげな化け物どもかな」
ぶらぶらと徳利を提げ、殊更呑気に話しかけたのは油すましであった。
全ての僧兵が一斉に顔を上げ、光の消えた瞳で睨みつけてくる。