しばらく並んで歩くうち、どちらからともなく、手を繋いだ。
ごつごつした、けれど優しい手。
わたしを抱き寄せ、髪を撫でてくれた手。
おずおずと乳房に触れた手。
二度と繋げない手。
思い出しても、もう涙は出ない。知らぬ間に枯れ果ててしまったらしい。
白々と切ない思いで胸が詰まるだけだ。
ああ。良かった、まだあった。
あの日、偶々見つけた店である。
黄色い熊の置物が、本日のお勧めと記した看板を持っている。
鱧、天然鮎入りましたの文字が鮮やかに踊っていた。
あの日と同じだ。まだあってくれた事に感謝し、のれんをくぐった。
「へい、らっしゃいませ」
聞き覚えのある優しい声だ。
カウンターの中にいる男もあの日のままだ。
まるで熊さんが包丁を握っているようだね、そう言って二人はくすくすと笑ったのだ。
「いらっしゃい、お久しぶりですね」
冷えた玄米茶とおしぼりを運んできた女性が微笑みかけてきた。
年輪を重ねたことにより、きりりとした美しさに艶が加わっている。
しばらく見惚れていた紀代美は、ふと気づいた。
「あの、お久しぶりって……私、一日だけしか来たことないですが」
「ええ。一年前の今日でしたね。同じメニューでいいですか? 」