しばらく並んで歩くうち、どちらからともなく、手を繋いだ。
ごつごつした、けれど優しい手。
わたしを抱き寄せ、髪を撫でてくれた手。
おずおずと乳房に触れた手。
二度と繋げない手。
思い出しても、もう涙は出ない。知らぬ間に枯れ果ててしまったらしい。
白々と切ない思いで胸が詰まるだけだ。


ああ。良かった、まだあった。

あの日、偶々見つけた店である。
黄色い熊の置物が、本日のお勧めと記した看板を持っている。
鱧、天然鮎入りましたの文字が鮮やかに踊っていた。
あの日と同じだ。まだあってくれた事に感謝し、のれんをくぐった。


「へい、らっしゃいませ」
聞き覚えのある優しい声だ。
カウンターの中にいる男もあの日のままだ。
まるで熊さんが包丁を握っているようだね、そう言って二人はくすくすと笑ったのだ。


「いらっしゃい、お久しぶりですね」
冷えた玄米茶とおしぼりを運んできた女性が微笑みかけてきた。
年輪を重ねたことにより、きりりとした美しさに艶が加わっている。
しばらく見惚れていた紀代美は、ふと気づいた。

「あの、お久しぶりって……私、一日だけしか来たことないですが」
「ええ。一年前の今日でしたね。同じメニューでいいですか? 」

僕は晴れ男なんだよ


逢うたびに治夫が言った言葉だ。
事実、二人のデートはいつも快晴に恵まれていた。
どうやらそれは今でも変わらないらしい。

今日、六月二十三日は二人が初めてデートした日なのである。
その一年後、同じ日に二人は結婚した。
新居に引っ越したのも同日である。


そしてーー


紀代美を一人残して、治夫が空に昇った日も六月二十三日だった。
紀代美は今日一日だけ化粧し、着飾り、デートに向かうつもりであった。
二人が歩いたあの道を辿り、食事を楽しんだ後、自らの命を絶とうと決めていた。
空は晴れ渡っていても、胸の中は土砂降りが続いている。
それは、どんな傘を差そうとも防げない。


切符を買い求め、ホームに立つ。
少し雲が出てきたが、風は相変わらず爽やかだ。
電車も空いていた。


懐かしい駅に降り立つ。

駅前は様子を変えていたが、あの日初めて待ち合わせた銅像は、南を睨んだままだ。
「待った? ごめんなさい」
あの日言った言葉と同じだが、返事は返ってこない。


僕も今、来たばかりさ


治夫はそう言ったのだ。
それから二人は、並んで歩いた。不器用な人だったから、どこに行こうとも決めていなかったようだ。
途中、ソフトクリームを買った。残念だが、その店はもう無い。

時計の針が十二時を指した。


「いけない。もうこんな時間だわ」
今日起きてから初めて発した言葉がそれである。
惰性で点けていたテレビを消すと、紀代美はゆっくりと立ち上がり、洗面所に立った。

約束の時間まで一時間と三十分。
このところ、触りもしなかった化粧箱を開ける。
鏡に映る自分は、見間違うことなき四十五歳だ。
化粧などしたところで、見せる相手もいない。
とりわけ、自分自身が必要としていない。

そう割り切ったのは半年前である。以来、開けたことのない箱であった。

幸いなことに、化粧道具は全て使用可能なようだ。
記憶に頼ることは無かった。
どうすればいいか、手先が全て覚えている。
仕上がった顔は、いつもの仏頂面の紀代美ではない。
試しに微笑んでみた。下手くそな笑顔だが、とりあえずはこれでいい。

満足気に頷くと、クローゼットに向かう。

着ていく服は決めてある。
歳の割には派手なのだが、紀代美は全く気にかけていない。
見せる相手は只一人、その相手が気にいってくれた服だからだ。
昨夜のうちに磨いておいたパンプスを履き、玄関先で少しだけポーズをつけてみた。

「なにやってのかしらね、四十過ぎたおばさんが」
そう呟いてはいるが、満更でも無い様子が綻んだ唇から見てとれた。


扉を開け、空を見る。
少し肌寒いが、一片の雲もない。
絶好のデート日和であった。

今日、ジムの帰りにうちの小学四年になる息子・悟飯(仮名)が即興で作った話です。

ちなみに、語り口もそのままに書き起こしました。



御飯は今日、最終目標をクリアした。

一番難しい壁を登れたのだ。

これでいよいよ伝説の宝を探しに行ける。

悟飯はお母さんに作ってもらったお握りをリュックに詰めて旅に出た。


目的の宝は七つの像。

その一つ一つを怪人達が守っている。

だが大丈夫、悟飯には強い仲間がいる。

手強い敵はお父さんがやっつけてくれるし、

呪いをかけてくる敵は巴と漆(注・我が家の飼い猫)がはねかえす。

お母さんは美味しくて元気が出る料理を作ってくれるから、

玉子焼き美味しいよね、お父さん



「話を続けて」


わかった


そうして手に入れた七つの像を合わせると、美しい宝石が現れるのだ!

その宝石をお店に持っていくと、世界一のトイレットペーパーと交換してくれるのだ。


「世界一のトイレットペーパーって?」


とても柔らかいのに丈夫で、拭いたあとのお尻もさっぱりとうるおうの



「すげえ」


世界一のトイレットペーパーを少し千切って空に投げると、

それはすごいスピードで流れていく。

追いかけて追いかけて、とうとう悟飯は黄金のトイレにたどりついた!


が、そこには最終ボス・黄金トイレドラゴンがいたのだ!

黄金トイレドラゴンと悟飯は、あっちむいてホイで闘った。

二日間かけたあっちむいてホイで、悟飯は見事に勝った!


これでやっとウンチができる。

世界一のトイレットペーパーでお尻もたっぷりうるおった。


そして、黄金トイレでウンチをすると、願い事が二つ叶うのだ。


「どんな願い事なの?」


あのね、

一つ目は、家族みんなで楽しく過ごせますようにって。

もう一つは、捨てられた猫とか保護された犬とかを全部育てたい。


というようなお話でした。

ま、結局は下ネタですが(笑



一つ目の願いは、もう充分叶ってるけどね。

編集していて気づいたのですが、笑える話、泣ける話などというテーマでは賄いきれない話がありますな。

特に末期。

笑えるけど切ないとか、泣けるけれど元気になるなんて話がある。

或いは、ただ淡々と情景を書き表しただけの話とかね。


こういう類をどうするか思案した結果、『しみじみ』にしました。

これから時代はしみじみ系ですよ(笑