名鉄美濃町線廃線跡を歩いてたどる  その1、出発の前に | みののかみのブログ アメブロ版

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美濃国出身・在住のみののかみが日々気付いたこと・感じたことを書き出すもの也

史跡および日帰り天然温泉の訪問記が殆どと成り候

しばらく行っていなかった、長距離徒歩の旅。あし


続けている旧東海道踏破の旅は、

9月中旬に到達した神奈川県小田原からまた進めたいのだが、

11月中に関東への夜行高速バスの予約が取れず、

また費用もかさむため、

とりあえず近場で思いつくままに徒歩旅をやってみようと考えた。


そこで今回考えたのが、旧名鉄美濃町線の廃線跡をたどる旅。

岐阜市の芥見地区のデイサービスで仕事をするようになって、

名鉄美濃町線の線路跡を見ることが多くなり、

芥見地区在住の利用者との会話でも美濃町線電車の話が出て、

だんだんと名鉄美濃町線の廃線跡が気になってきていた。


名鉄美濃町線は、

関市・美濃市と岐阜市を直通する唯一の鉄道機関だったが、

クルマ社会に対応しきれず、

まず1999年(平成11年)に新関-美濃間が廃止され、

そして2005年(平成17年)に徹明町-関間の残り区間も全廃となった。

鉄道機関とは言っても、

人や車が往来する街道と別個で敷設された鉄道線ではなく、

大部分の区間が国道156号線や国道248号線にピッタリ寄り添い、

道路上の併用軌道も多い路面電車的な路線だった。

鉄道廃止後は岐阜バスの路線バスが代行輸送機関となっているが、

線路の跡は、架線やレール、橋梁などが撤去されたのみで、

大部分の美濃町線用地は未だ名鉄が所有している。

全線単線の細長い線路敷が名鉄所有のままのため、

道路などに転用された箇所は限られ、

駅ホームや駅舎、踏切など鉄道施設も多く残っている。


国道や県道に寄り添った路線のため廃線跡をたどることが容易で、

駅ホームや駅舎、踏切などの残存も見ることが出来る美濃町線跡。

徹明町-美濃間の線路長24.8kmをさほどオーバーすることなく、

歩いてたどる距離も計算出来る。

余分に歩く距離を考慮しても、徹明町-美濃間で30kmは無いだろう。

早朝に徹明町をスタート出来れば、日中に完歩出来る距離だ。


よし、歩けるぞひらめき電球と解ったのは良いが、

廃線跡をたどれる資料が少ない。本パソコンサーチ

旧東海道のように、ネットで路線跡の地図が出てこれば良いが、

そういうわけには行かず、

地図に自分でペンで落とし込むことにした。

yahooの地図をプリントアウトして、切って貼ってつなげて、

赤ペンで線路跡を描いていく。

併用軌道や国道・県道・市道沿いの部分は簡単だが、

部分的に介在する専用軌道は難しかった。

しかし幸いにも、地図を拡大すると、

連続する家屋の間に明らかに人為的な細長い空きスペースが見られ、

併用軌道や幹線道路沿いから見事に直線的につなげられる。

また、美濃町線廃止前の電車前面映像の動画を観て、

車窓に映る沿線の建造物・植物の情報も確認して、

地図上の細長い空きスペースを線路跡としてつなげて描いて行った。


旧東海道の徒歩旅で実感したが、

前準備で用意しておく、地図に描く路線跡の赤線が、

実際に歩いてたどるには命綱のごとく重宝する情報となる。

急に思い立って歩くのは簡単だが、

前日までにこの前準備をしておくのも重要で、

準備作業自体もとても楽しかった。

ネットで、美濃町線廃線跡をたどった先達のサイト・ブログや、

U-tubeなどの電車前面映像の動画を探して拝見し、

また私自身が所有している美濃町線DVDも観た。

あくまでも毎日仕事を終えて帰宅してからの作業だが、

目的と目的に至るプロセスがはっきりしているため、

とても充実した時間を過ごせた。


名鉄美濃町線廃線跡をたどる徒歩旅は、

私の持つ歴史趣味、鉄道趣味、そしてウォーキング趣味が、

すべてミックス出来るからこそ成し得る旅に間違いはない。

前日夜に準備作業をすべて終えて、

11月8日早朝、降水確率がほとんどゼロという予報を確認し、

岐阜市中心部の徹明町交差点からスタートとなった。