今朝の地方紙の片隅にこんな見出しがあった。
「佐賀、選べぬ第三極」
だいたい「第三極」なんていつ誰が言い出したのか知らんが、マスコミは話題を盛り上げやすいからか、すぐに何らかの構図を作りたがる。
この見出しを読むと、この「第三極」とやらに投票出来ないのが残念だと言う表現と捉える事ができるし、隣の見出しにはご丁寧に「有権者、失望の声」というのまで書いてある。
別に「第三極」とやらに投票出来ないからと言って失望しているのはごく一部だろう。
こういう書き方をする事が世論誘導に繋がると言うのを知らないのか、敢えてそうしているのかは不明だが、 地方紙までこの調子なんだからキー局の報道や中央の大手紙などは読みもしないが推して知るべしだろう。
その上、残念な事に、日本人は過去の教育の成果か、そういう作られた「ラベル」に弱くすぐに受け入れてしまう体質がある。
元々、二大政党なんてのも勝手にマスコミが作りあげて、選挙を「どちらに投票するのか?」と言う二者択一的にしてしまい、それに有権者が乗せられ、その結果、対して変わり映えしない政党なのに民主と自民二つが得票を伸ばし、ブームに乗った民主が与党となりその結果散々な世の中になってしまった。
その前には「小泉劇場」などと、メディアを上手く利用する小泉の策略に乗ったのか、合わせたのか知らないが、それにより圧倒多数を取った自民党が派遣制度などを改悪して、今の散々な時代のお膳立てをしている。
今回はマスコミの作ったこの構造で「第三極」とやらがブームに乗って得票数を増やした後、どんな散々な時代が来るのだろう。