2022年の干支は「壬寅(みずのえとら)」
「壬」は“はらむ”、「寅」は“胎動・芽吹き”を意味し、『陽気をはらみ、厳しい冬を越えて春の胎動を助ける』イメージだそうです。
干支とは
「子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥」の「十二支」と、
「甲(きのえ)・乙(きのと)・丙(ひのえ)・丁(ひのと)・戊(つちのえ)・己(つちのと)・庚(かのえ)・辛(かのと)・壬(みずのえ)・癸(みずのと)」の「十干(じっかん)」を組み合わせたものです。
つまり十干の「干」と十二支の「支」で干支、60年で一巡りとなります。
生國魂神社 六十干支御朱印「壬寅」(photo:@tsudakko)
方角の「寅」
丑寅で北東の方角、平安時代よりこの方角から鬼がやってくると考えられ「鬼門」と呼ばれます。
本来、鬼は角も無くもっと広いイメージのもの(奈良ってこんなところ ~オニ その1~)なのですが、ウシとトラのイメージがそのまま、ウシの角にトラのパンツという鬼のイメージにつながった、というわけです。
寅とゆかりの仏神「毘沙門天」
今から1400年前、聖徳太子が「寅の年、寅の日、寅の刻」に毘沙門天(びしゃもんてん)を感得されたことから、毘沙門天が寅ゆかりの神(※1)とされます。
※1 天部は古代インドの神々が仏教に取り入れられたものなので、神(仏神)とします
毘沙門天は、
上杉謙信が篤く信仰し軍の旗印に「毘」の文字を使ったことで有名ですが、実はライバルの武田信玄も毘沙門天を信仰し、「百足衆(むかでしゅう)」と呼ばれた部隊の旗に、毘沙門天の使いで決して後退しない「ムカデ」を使っていました。
毘沙門天は、四天王の一尊「多聞天(たもんてん)」、七福神の「福の神」と同一神(仏神)で、長い間信仰の対象となっています。
寅年にお参りしたい「信貴山朝護孫子寺(ちょうごそんしじ)」
約1400年前に聖徳太子(※2)が毘沙門天を感得されたのが信貴山(奈良県生駒郡平群(へぐり)町)、日本で最初に毘沙門天が出現された霊地とされ、毘沙門天王信仰の総本山、日本三大絵巻に数えられる国宝「信貴山縁起絵巻」を所有するお寺です。
※2 2021年は、聖徳太子の1400年忌という節目の年だったそうです
寅のお寺というだけあって、参道入口では巨大な張子のトラ、その名も「世界一福寅」が迎えてくれます。
朝護孫子寺「世界一福寅」(photo:@tsudakko)
ご本尊の毘沙門天王を祀る朝護孫子寺本堂、宿坊、お堂のお参り、アトラクション要素のある戒壇巡り・胎内くぐり、敷地内のあちらこちらに(隠れ?)トラ、入口の開運橋では30mの高さのバンジージャンプと、まるでテーマパークのようなお寺です!
朝護孫子寺から30分くらい登った信貴山頂上(標高437m)は、信長に謀反し「爆死で自害」の伝承もある謎多き戦国武将松永久秀の信貴山城址があります(天守などの建物は残っていません)。
戦国時代好きな方も信貴山参りにお越しください。
信貴山城址 御城印(photo:@tsudakko)
アイ・ピー・ファイン/奈良まほろばソムリエ検定 奈良通1級
tsudakko


