京都旅行 1日目 大徳寺『総見院』大徳寺鎌倉時代末期の正和4(1315)年に大燈国師宗峰妙超禅師を開山とする臨済宗大徳寺派の大本山。開基は赤松則村。山号は『龍寶山』応仁の乱で荒廃したが、『一休和尚』が復興。総見院本能寺の変で織田信長が自害してから100日後、天正10(1582)年10月10日に羽柴秀吉によって『大徳寺の葬儀』が行われた。豊臣秀吉が『織田信長の菩提』を弔うために建立。侘助椿樹齢約400年。秀吉が『千利休』から譲り受けて植えたものが大きくなったと伝えられている。お花が小さく早春から咲き、茶花としてよく用いられる『ツバキ』の品種。日本最古の『胡蝶侘助』とされている。掘り抜き井戸加藤清正が文禄慶長の役の際には船の重りとして日本に持ち帰った『朝鮮石』と伝わっている。それを掘り抜いて井戸に織田信長のお墓一族のお墓
京都旅行 1日目 大徳寺『興臨院』大徳寺鎌倉時代末期の正和4(1315)年に大燈国師宗峰妙超禅師を開山とする臨済宗大徳寺派の大本山。開基は赤松則村。山号は『龍寶山』応仁の乱で荒廃したが、『一休和尚』が復興。興臨院大永年間(1521〜28年)に、能登国の守護大名・畠山義総が大徳寺86世の小渓紹ふ(仏智大通禅師)を開山として建立。創建年次については天文2(1533)年とも言われている。方丈前庭昭和53(1978)年、方丈の解体修理完成時に資料を基に復元。今年の夏が暑く、紅葉の葉っぱが焼けてしまい綺麗な『🍁赤』にはならないみたい。
京都旅行 1日目 大徳寺『黄梅院』大徳寺鎌倉時代末期の正和4(1315)年に大燈国師宗峰妙超禅師を開山とする臨済宗大徳寺派の大本山。開基は赤松則村。山号は『龍寶山』応仁の乱で荒廃したが、『一休和尚』が復興。黄梅院永禄5(1562)年に織田信長が父・信秀の追善供養のため『春林宗俶(大徳寺98世)』を迎えて創建。