大徳寺の『塔頭(だっちゅう)』の一つ。
大徳寺南派の本庵。
大徳寺の塔頭の中で一番古い。
文亀2(1502)年に大徳寺第72世住職『東渓宗牧(とうけいそうぼく)』を開山として、
能登(現在の石川県)の領主、畠山義元(はたけやまよしもと)が豊後(現在の大分県)の大友義長(おおともよしなが)らとともに創建。
方丈・玄関・表門は全て創建当初のもの。
日本最古の火縄銃
銃床尾に天正11(1583)年の年紀があり、
火縄銃の中では在銘最古のもの。
四季草木蒔絵基盤 碁笥
徳川家康が豊臣秀吉と伏見城内で対局した時の碁盤。と伝えられている。
榧材(カヤザイ)黒漆塗の碁盤には側面四方に、
梅・柳、燕子花(カキツバタ)・蝶、菊、松、竹・水仙花の金蒔絵がある。
2個の碁笥にはそれぞれ『桐』と『葵』の紋が入っている。
素敵な蒔絵。
滹沱底(こだてい) 別名:阿・吽の石庭
滹沱(こだ)とは、中国の河北省鎮州城にある、宗祖臨済宗禅師の住庵した寺の南に流れる河の名。
阿吽とは、吸う息、吐く息で、
天と地、陰と陽、男と女、電流の➕と➖、
どの一つも切り離すことのできない宇宙の真理を表現している。
日本最小の石庭といわれ、極めて小さな石庭で、格調高く殊に有名。
礼之間(れいのま)
和尚と修行僧らが、一衆和合、公式の茶礼香礼etcを行ったところ。
方丈前庭
龍源院方丈の前庭を一枝担(いっしたん)という。
当院開祖『東渓禅師(1454〜1518)』が釈尊の『拈華微笑』という因縁の則によって悟られ、その師の実伝和尚よりいただいた室号の『霊山一枝之軒』よりその銘がある。
龍吟庭(りゅうぎんてい)
室町時代に造られた須弥山の枯山水。
大徳寺では最も古く、真の禅院庭園として有名。
苔が素敵なお庭。
檀那の間(だんなのま)
経済面で寺or和尚らと外護し世話する檀越、
檀家の者と和尚がお茶etcを飲みながら親しく会う間。
上間(じょうかん) 別名:衣鉢間(えはつのま)
日常生活の居間。
眠蔵(みんぞう、めんぞう)
昭和39年、方丈解体修復の際、
古文書・痕跡etcによって創建当初の姿に復元されたもの。
禅僧がこの狭い空間で、
寝て・坐禅をして、生活をしていた。








































