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【前回まではこちら】
小国『ラヴィリティア』を守った回復士の女クゥクゥ・マリアージュは、帝国『ガレマール』との戦中にラヴィリティア王太子の第一子を身籠り産み落とす。その後、国と王太子に跡継ぎと認知されなかったその子と彼女は共にラヴィリティア城から姿を消した。それは幾度か王太子に謁見を申し出た後の数カ月後の事。城を後にした彼女が向かったのはラヴィリティア国から遠く離れた北西。ラヴィリティアの彼の人に再び膝着いて秘密裏に交わした約束を果たす為にー。
その約束事からまた三年。ラヴィリティア国がラヴィリティア史の末尾に“ガレマール戦争”という名の歴史を残し刻んでからは二年という月日を経て、ラヴィリティアは年号を変えた。代替わりでラヴィリティアの王家を継いだのはオークが立太する以前に名前が上がっていた第三王女のハンナ・ラヴィリティアだった。彼女は臣下である貴族・バートン家嫡男エンリックを伴侶に迎えてその座に就くことになった。旧ラヴィリティア史上最後の王太子となったオーク・ラヴィリティアは、無情にもその高貴なる立場を追われた。先の戦で手足を失い加えて片目も利かなくなったとなれば、国の運営に支障を来すと一部の貴族から異議を唱えられたからだ。今後の身体への負担も大きかったのは事実ではある。だが様々な理由を盾にされて、第一王子を排斥したい貴族一派にその座を引きずり降ろされた形だった。第三王女派の計略により臣下の身分に落とされたオークは今、別の地位に身を置いていた。それは二年前ラヴィリティア国最高指導者の座を突如降りた、総帥ハーロック卿が兼任していた“宰相”の席である。オークの身の振り方は国内外に不平不満が出ないように、体調を考慮された結果として偽られ伝えられた。それでも幸か不幸かオークがずっと渇望していた官僚に、彼は収まったのであった。オークは以前ハーロック卿が使っていた執務室で、今日は以前冒険者仲間だった錬金術士マリー・プリスティニーと謁見をしていた。机に真っ直ぐ座る宰相オークにマリーが口を開く
「本日迄に納品予定だったラヴィリティア国内の薬剤手配は全て完了致しました、オーク宰相閣下」
「マリー。君がラヴィリティア専属の錬金術士になる事を、戦の褒章として願い出てくれたのには本当に感謝しているよ。だけど“閣下”はよしてくれ、以前のように接してほしい」
「まったく相変わらずね。念願だった官職を与えられたんだからもう慣れなさい、しっかり胸を張るのよオーク宰相?」
「マリーにはいつも敵わないな、ありがとう」
気のおけない元冒険者仲間マリーとの、この掛け合いにオークは未だ慣れそうになかった。三年に渡るやり取りにオークは曖昧に笑い、片手で書類に筆を走らせていたが流れは止まる。彼は不意に短く逡巡して小さく息を吐き、再びマリーに口を開いた
「マリー、彼は…ルフナは今どうしているかな」
「オーク…」
「…今更何もかも遅いのは分かってる、俺は親友に許されない事をした。でも今はもう考えずには居られないんだ」
「それは貴方が回復した証拠よ、オーク」
非業の男の胸が張り裂けそうな心の内にマリーは優しく声をかけた。オークが言及した元冒険者仲間の青年ルフナはこの国には既に居ない。オークが瀕死の間に彼はいち早く城を去っていたひとりだった。オークは自身の妻クゥクゥ・マリアージュを親友であるルフナに託したいと、戦前ルフナ本人に言い放ってしまっていた。オークはルフナの、クゥクゥへの秘めた恋心を知っていたのに。あの時はどうかしていた、例え国が荒れていようとも親友の彼へ絶対に言ってはいけない事を口にした。オークは身体が癒えるまで向き合う事も出来なかった事に深く後悔をしていたのだった。顔を俯けて次の言葉を紡げなくなってしまったオークへ、錬金術士マリーはこう告げて微笑んだ
「『よく戻った』ってさ、ルフナが。」
「!」
オークは伏せていた瞼を見開いてマリーの顔を見やった。彼女は言葉を重ねる
「ルフナは今アンタの腕と足の代わりを作る技術を得る為に、エオルゼア三国同盟が制圧したリムサ・ロミンサ帝国駐屯基地に居るわ。そこにエオルゼア随一の魔導技術者シド・ガーロンド氏が仕事で留まってるみたいでね。会長のそんな多忙な時期に会長本人へ、地面に頭擦り付けて弟子入りしたそうよ。本当に根性が座ってるルフナらしいわ」
「ルフナ…」
「ルフナもオークと同じで不器用な所があるわね。男としてクゥの事、色々区切れない所もあったでしょうけど、アイツはもう何も振り返らず前を向いて自分の道を歩んでる」
「…」
オークの心にも無い言葉に傷付いたであろうルフナ。けれどマリーから伝えられた彼の、自分への深い愛情にオークは信じられないとただただ目を丸くした。オークは唇を小さく震わせて視線を落とし言葉を絞り出した
「ルフナ…そうか…」
「オーク、ルフナも一人の冒険者よ。アイツの本当の旅はここからやっと始まったの。貴方もこれからは過去ばかりを振り返らず、目を逸らさないで“今”とあの子達に向き合いなさい」
「マリー…済まなかった、本当にありがとう」
錬金術師のマリーはまた来るわねと、オークに言い残して城を後にした。彼女もまたラヴィリティア国から名誉と権利を勝ち取ったひとり。心優しい真の冒険者であった。
その夜、オークは沐浴の日だった。片手と片足の代わりが無い今も、彼はまだ一人での入浴は不可能であった。ずっと入浴介助を頼まれていたオークの元仲間である獣人オウ・クベルニルも、今から二年半前に再びラヴィリティア城を離れていた。代わりにその任に着いたのは獣人オウから紹介された元リテイナーのセイロンという青年と、セイロンの同僚アールグレイという青年。彼らは三年前に姿を消したオークと獣人オウの仲間、天使ケイ・ベルガモットの専属リテイナーだった。そしてアールグレイに限っては天使ケイを『天使の谷』へ連れ帰った、彼らが最も頼りにしていた女冒険者オクーベル・エドの恋人だ。今夜は彼がオークの世話役を務めていた。いつものように慎重にオークを浴槽に入れてから、アールグレイは彼の身体を洗い始める。慣れた手付きで自分を洗う青年にオークは声をかけた
「アールグレイ、今の生活に思う所はないか」
「オーク様?…いえ、ありません」
「そうか…」
「本日は錬金術士のマリーさんとお会いされる予定でしたね、オーク様。昼間お仕えしていたセイロンから聞いています、何かありましたか」
「今はオークでいい、アル。俺には君の様子を気にかける事くらいしかできない。オクベルの事も、叶うなら君に跪いて許しを乞いたいんだ。不満があれば申し出て欲しい」
「…オークさん、僕は貴方に感謝こそすれ恨んだ事はありません。貴方の為に戦ったオクベルさんの想いを絶対蔑ろにしたくないからです。彼女が不在の間、本当に良くして頂いています。セイロンと僕を受け入れてくれて有難うございます」
「アル…」
オークは自分に尽くしてくれる青年アールグレイを見つめた。自らが選択し戦いに身を投じて、彼は大切な仲間を巻き込んだ。アールグレイの恋人である女性オクーベルは『天使の谷』へ足を踏み入れて戻ってくる様子が未だ無い。それも自分のせいであると思い込んでいたオークはアールグレイに言葉を重ね続けた
「俺が言える事では無いと分かっているが、オクベルはきっと君の元へ帰ってくる。彼女は真に強く、自分の力で生きてきた冒険者だ。だからオクベルの帰還を俺と共に待っていてほしい。お願いだ、アールグレイ」
「…もちろんです、オークさん。僕は貴方となら支え合っていける」
アールグレイの強い意志を宿した瞳と言葉に、オークもまた支えられていた。オークは月の光に照らされ色彩られた、浴室のステンドグラスから覗くエオルゼアの星々へと視線を移した。長いあいだ帰還を果たさない仲間達を今日もまた心に思い浮かべて願う、
(ケイ、オクベル…早く戻ってきてくれ。君達の帰りをずっと待ってるー。)
そして必ず最後に頭を掠めるのは自分を心から愛してくれた彼女だけ。自分から離れてどうか幸せであって欲しいと願いながらも決して忘れられない。けれど親友の男ルフナのように、自身の妻だったクゥクゥ・マリアージュへの気持ちに区切りを着けなければと瞳を固く閉じた。その彼の様子を、付き人アールグレイは気付かぬふりをして聡明な主の身体を静かに労り続けるのだった。
(次回に続く)
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