ラヴィリティアの大地第26話「ダニア笛」 | 『拝啓、夫が捕まりました。』でんどうし奮闘記

『拝啓、夫が捕まりました。』でんどうし奮闘記

鬱で元被害者の妻とつかまった夫の奮闘記。

【前回まではこちら】

 

 

ピュー、ピューと音がする。森の都グリダニア木工師ギルド横の公園で、地元の子供達が笛を鳴らして遊んでいる

「ねぇまだ直らない?耳のお兄ちゃん」
「ちょっと待てって、もうすぐだから…ほら取れた!持ってけ」
「ありがとう!お兄ちゃん!!」

耳のお兄ちゃんと呼ばれた青年は自らが直した笛を子供に手渡した。年頃はオークと変わらないだろう、猫のような耳を生やしたミコッテ族と呼ばれる種族の彼は元気に駆けていく子供達の後ろ姿を目を細め見送った。すると不意に横から声をかけられた

「あれ、ダニア笛ですよね」
「え…」

そう声をかけてきたのは肩にかかるくらいの髪を軽く後ろで三つ編みに束ねた小柄な女性。この物語のヒロイン、クゥクゥ・マリアージュだった

「ごめんなさい。懐かしくてつい…あの音色を聞くとグリダニアにいるなって実感しちゃって」
「ここで産まれて育つと一回は通るもんな、ダニア笛は」
「そうですね。となり座ってもいいですか?」
「ああ、うん」

木のベンチに腰を落ち着けていた青年は、声をかけてきたクゥを座らせるため腰を端に寄せる。ベンチに腰を落したクゥはまた青年に語りかけた

「子供好きなんですね」
「まあ…木工師ギルドの師匠の、ベアティヌの親父さんにときどき子供達の相手をしてくれって頼まれてて成り行きで」
「でも熱心に笛を直してた」
「俺、木工師なんだよ。見てくれはただの槍術士だけど」

自分の獲物であろう槍をコンコンと小突いて彼はクゥにアピールした。クゥはそうなんですねと短く笑った

「私よくこの公園通るんです、あなたのこと何度か見かけてて。いつも子供達と居るなぁって。子供ってすぐ焦れるじゃないですか、でもずっとちゃんと相手をしてた。優しいですね」
「まいったな…でも、ありがとう」

頬を軽く掻き、照れた青年も短く笑いクゥにお礼を言った。クゥは重ねる、

「名前、聞いてもいいですか?」
「ああ、俺はルフナ・クク」
「え」
「ルフナでいいよ。アンタは?」
「…私はクゥクゥ・マリアージュです」
「え」

名前が似てる、二人は同時にそう思ってお互いが何を思っているかも瞬時に解った。その瞬間なんだかおかしくて二人で吹き出し笑い合ったのだった。短い会話をした後ククは立ち上がった

「俺もう行かないと」
「待って」
「?」
「余計かもしれないんだけど顔色があまりよくないかも」
「ああ、徹夜続きなんだ。クランのお抱えで武器作っててさ。いつものことなんだ」
「そうなんだ」
「それで声かけてくれたんだな、ほんとありがとう。アンタも気をつけて帰れよ」

ルフナは緩く笑いその場を後にした。自分の違和感に顔を曇らせているであろうクゥの顔を感じながらもルフナは帰途に着いたのだった


「ただいま」
「どこ行ってたんだよ、ルフナ」

ここは砂の都ウルダハの冒険者居住区ゴブレット・ビュート。ルフナの所属するクランはここにあった。自分の冒険者クランに帰ってきたルフナの顔色はけして明るくない

「ちょっと木工師ギルドに行ってた。遅くなって悪かったよ」
「なんでグリダニアなんかに。そんなことより早く武器直してくれよ、次の戦いが控えてるんだからさ」
「言われなくてもわかってるよ」

貸してくれとルフナはクラン全員の武器を回収した。仲間の一人が続ける、

「お前の武器作りは早くて助かるんだからさ、もっと頑張ってもらわないと」
「お前の武器だったら楽勝楽勝ってな!」

悪気はないのだろう、でも徹夜続きで疲れた体にはその言葉もなんだか虚しい。やり場のない気持ちがルフナの心を軽く軋ませた。


「クゥ、お帰り」
「ただいまオクベルちゃん」

クゥはグリダニアの冒険者居住区ラベンダーベッドへまっすぐ帰ってきた。玄関からすぐ見えるオープンキッチンから夕飯をこしらえていたオクーベルが顔を覗かせクゥに声をかけた

「飯まだだろ、すぐ食べるか?」
「うん、手を洗ってくるね。いつもありがとう」

手を洗うために洗面所へ行こうとするとクゥのクラン『Become someone(ビカム・サムワン)』のリーダー、オークと防具を作る裁縫師スレイダーが何やら立ち話をしていた

「オーク達、どうしたの?」
「ああ、クゥお帰り。今スレイダーさんと武器の事を話し合っていたんだ」
「武器の事?」
「お帰りなさい、クゥクゥ殿。オーク殿とも話していたのですが魔法防具のみレベルが上がってしまうと武器のレベルとの差が出てしまい武器の耐久力が冒険者の能力に見合わなくなっていくんです。気付かぬうちに獲物が折れる、ということがしばしば起きるでしょう」
「それが戦闘中だと取り返しがつかないな…武器職人も早急に見つけないと」
「そっか、そうだね…」

クゥは武器職人という言葉に帰り際、振り向かぬ彼の横顔を思い出していたのだった。


数日後、クゥクゥはグリダニアのカーラインカフェの帰りにまた見慣れた横顔を木工師ギルド横の公園で見かけた。遠目でも解る、その疲れた横顔を。今日も特段の用向きはなかったのだが耐えかねてその『彼』に声をかけた

「ルフナさん」
「クゥクゥ、だったけか」
「本当に大丈夫ですか?お仕事、そんなに大変なんですか」
「違う違う、今日は本当に息抜き。俺、真面目でさ。つい熱くなって周り見えなくなっちゃって、だからぼうっとしてただけ」
「そうですか…」

また横いいですかとクゥはルフナの横に座った。今度はルフナが先に口を開いた

「俺さ、武器作るのすごく好きで。戦う冒険者やってるより四六時中武器触ってるほうが性に合ってるんだ、やむなく槍振るってるカンジで。そんな俺だから今居るクランの武器職人頑張りたくて。けっこう好きにやらせてもらってるし拾ってもらって有難いって本気で思ってるんだ。ただ…」
「ありがとうって言ってもらえるの、すごく嬉しいですね」
「…え?」
「ありがとうとか、おかえりなさいって言われるとクランに居て良かったなあって思いますよね」
「…」
「あれ、私なんか変なこと言いましたか?」
「あ、いや」

自分は最後にいつ言われただろう、ルフナはそんな疑問が頭の中を過ぎった。ルフナの戸惑った様子にクゥは次の言葉を紡げなかったのだった。


「ただいま」
「またどこ行ってたんだよルフナぁ〜、武器まだかよぉ」
「昨日まだ無理だって言っただろ」

こんなことで苛立ってしまう自分にも腹が立つ、ルフナはそう思った。帰ってきたルフナになにも声をかけず尚も畳み掛けるクランメンバーはルフナに縋り付いた

「そこを!なんとか!!ルフナ様♪」
「…はぁ、武器の刃こぼれは直せたけど耐久度は戻ってない。いいか、連戦は無理だぞ。深追いはするなよ」
「さすが!やった!!」

話をちゃんと聞いているのだろうか。ルフナから奪い取るように武器を持っていった仲間達は手放しで喜び、明日の作戦を練り始めるのだった。


「あれ、クゥクゥ?」
「ルフナさん、こんにちわ!」

ルフナはいつもの公園に顔を出すと時折、自分を気にかけてくれるベンチに腰を掛けたクゥクゥの姿を見付けた

「今日もグリダニアに用か?」
「いえ、ルフナさんに会いにきました」
「えっ」
「良かった、今日は少し顔色がいいですね」
「!!」

本当に心配していたクゥは思わずルフナの顔に触れそうになる。ルフナは慌てて体を引いた

「あ、急にごめんなさい!」
「いや、別にいいけど…武器のひと通りの修理が終わったんだ。だからかな」
「そうなんですね」

安心したように、にこりと笑ったクゥにルフナは軽く唇を噛んだ。冒険者は基本的に男性比率が高く女性と接するのは依頼以外で珍しい、ましてや歳が近い女性ともなればもはや稀であった。女の子と話をしている、ルフナは今さらそれに気付いたのだ

「気になってたんです、ルフナさんのこと」
「え!」
「このまえ私なにか気に障ること言っちゃったんじゃないかって」
「な、なんだ…」

倒置法気味は困る。誰が誰をどのように気にしていたのかなんて解らないのだから、ルフナはそう思った。慌てるようなルフナには気が付くことなくクゥはルフナに話を続けた

「だからもしそうだったならちゃんと謝ろうと思って待ってたんです、ここに来たら会えるかなって」
「そんなこと気にしてたのか…寝てなかっただけだから、ありがとう」
「ルフナさんってすぐありがとうって言ってくれますね、嬉しい」
「…!!」

ルフナは胸の高鳴りを感じた、気がした

(なんだこの子…)

自分のことをこんなにも気にかけてくれるなんてどうかしている。女の子にこんなに心配されたのは生まれて初めてだった

「じゃあ、私はこれで」
「もう行くのか」
「はい、ルフナさんに会えたので。ルフナさんが作った武器、メンバーの皆さんに喜んでもらえるといいですね…!」
「あ、ありがとう」

元気よく走っていくクゥにまた会いたいとルフナは思っていたのだった。


ウルダハの陽も暮れる。ゴブレット・ビュートに戻ってきたルフナは自分の所属するクランに戻るとその玄関先で血を流しぐったりしている仲間が、数人の仲間に抱きかかえられているのが視界に入った。サッと血の気の引いたルフナは慌てて仲間に駆け寄り声をかけた

「何があったんだ!?どうしてこんな怪我を…っ」
「それがダンジョン攻略したあと突発フェイトモンスターが現れて…無視すりゃよかったんだけど経験値になるからって、こいつ向かってって…」
「…!」
「ルフナの武器なら連戦しても大丈夫かと思ったから…」
「俺の作った武器で怪我したのか…っ」

ルフナは目の前が真っ暗になった。意識が混濁する仲間を、待機していた仲間が家の中へ運び込む姿に呆然とする。怪我をした仲間と共に、戦場に出ていた仲間の一人に肩を叩かれルフナは我にかえった。その仲間がルフナに声をかけ続けた

「たまたまだよ、たまたま。いつものお前の修理なら大丈夫だったんだ」
「俺達もちょっと無理しちゃったな~て感じ。気にするなよ」
「…俺は今日限りでこのクランを辞める」
「え?」
「俺の武器は仲間に怪我させる為にあるんじゃない、お前たちを守る為にあるんだ。お前たち仲間を本当の意味で守れないなら俺はこのクランを辞める」

ルフナはクランから支給されていたギルを懐からおもむろに出し仲間の胸に押し付けた

「荷物はあとで取りに来る、世話になった」
「あ、待てよルフナ!」

ルフナはその場でテレポを唱えゴブレット・ビュートを後にしたのだった


「はぁ〜…」

グリダニアの、子供はとっくに帰った真暗な公園で深いため息と共にルフナは自分の突発的な行動に落ち込んでいた。勢いでクランの供託金も突き返してしまいクランの住み込みで働いていたルフナは仕事と住む所を一気に無くしてしまったのだ

「これからどうするんだよ俺…行く宛も無いのに!頼み込んでしばらくベアティヌの親っさんとこに世話になるしか無いか…」
「ルフナ?」
「え、クゥ…?」

通りの灯りに照らされたクゥが自分を見下ろしていることにルフナはやっと気が付いた。クゥが心配そうに声をかける

「姿が見えるからびっくりしたよ。いつもはルフナ、昼間に居るから」
「クゥは…夕飯の買い物か」
「うん」

余裕が無くなっていたルフナはクゥが手にする買物袋が目に留まる。クゥはルフナが座るベンチに直ぐ腰を下ろした。もう誤魔化せない、ルフナは観念して今日も自分を心配する彼女に事の次第を話し始めた

「俺、今日クランを辞めてきたんだ。俺が作った武器で仲間が酷い怪我をして…でもわかってたんだ、薄々こうなるかもって。でも認めたくなかった、あいつらなら言わなくても無理な戦いはしないだろうって。黙ってても解ってくれるだろうなって」
「ルフナ…」
「でも俺が甘かった。俺の冒険者としての浅はかな過信が招いた結果だ」

打ちのめされたようにルフナは声を絞り出してクゥに気持ちを吐露した

「ありがとうを言われなくてもいいなんて完全に思えてなかった。ありがとうって言われたかった、言わなくても解って欲しかった。俺はとんだ高慢ちきだ」

誰も居なくなった吹き抜けのいい公園を風がザザッと駆け抜けた。グリダニアの夜の虫が聞こえ始めた時、クゥが口を開いた

「じゃあさ、私がルフナにありがとうって言うよ」
「え…」
「解って欲しかったら言葉にしなきゃダメだけど、ありがとうなら私にも言えるもの。ルフナ、私のクランに来ない?私たち武器を作れる人を探してたんだ」
「クゥ、おまえ冒険者だったのか」
「うん。回復士(ヒーラー)やってます。あ、ルフナが木工師だからずっと声かけてたワケじゃないよ」
「? それはわかってるよ、俺を勧誘するつもりならお前は最初から冒険者だって名乗る奴だろ」

クゥは目を丸くしたあとルフナに微笑み返し頼み続けた。この人しか居ない、クゥはそう直感した。クゥは立ち上がりルフナの腕を引っ張った

「ね、私達のクランに来て!お願い!!」
「でも、そんなの悪い…」
「そんなことないよぉ、ほんとにずっと探してたの!仲間に紹介する!!」
「だけど」
「あ、仲間のこと心配してる?大丈夫!良い子たちばかりだから気にしないで。うちに本当に天使の子が居てね、甘栗色の髪がふわふわしてて超可愛いの!」

ぴくっとルフナの耳が動いた。ルフナはなんだかモヤモヤするがクゥは続ける

「あと料理上手な子が居て!将来すごく良いお嫁さんになると思う!!」

そんなのきっとお前もだとルフナはさすがに言えなかった。クゥはさらに続ける

「それからうちのリーダーとっても素敵な人でね、みんなからエキゾチック美人だって言われてて。あとあと!なんと獣人の子も居ます!物静かなタイプなんだけど…」

いやでも妄想が膨らんでしまう、とルフナは思った。トドメはクゥのこの発言だった

「心が広くて胸はふかふかなの!!」

ルフナは一度、たった一度だけ話を聞きに行くことにしたのだった。


「おかえりー!!クゥー!!」
「きゃー!ケイちゃんただいま~可愛いー!」

ラベンダーの家からクゥの姿を見つけて飛び出してきた天使のケイにルフナはぎょっとする。ケイはクゥの隣に居たルフナに直ぐ気が付いた

「だれ!?このおにーさん!」
「…もしかしてこいつが天使?」
「「そうだよ♪」」

クゥが帰ってきてテンションがだだ上がりしていたケイはクゥと一緒にルフナに軽く答える。するとすぐ後ろのドアから大きいナイフを握りしめたままの女性が家の中から声をかけてくる

「遅いぞクゥ!もう夕飯出来上がってしまった、だからミルクなんて明日でいいって言ったんだ。ん?なんだそいつは」
(あの顔の三連傷、あれウルダハの冒険者オクーベル・エドじゃないか…!?)

ルフナでも知っている。目の前にいるのは間違いなくウルダハで超有名な女冒険者オクーベル・エドだ。だが、

(待てよ、オクーベル・エドの所属するクランって確かついこないだまで名も無きクランだったビカム・サムワンだよな。てことはクランリーダーはなんとかって国の貴族の…)
「やあ、君がリンクパールで先に連絡をもらってた人だね、ようこそ我がクランへ」
「やっぱり男だ…!」
「え??」

家の更に奥から出てきたのはこのクランのリーダーであるエキゾチック美人改め美『青年』オーク・リサルベルテだ。その後ろに立っているのは身長2メートルを軽く越える胸板が屈強な獣人、オウ・クベルニルだった。ルフナはか細い声で呟いた

「そうだよな…そんなわけないよな、だって俺も…」
「どうしたの?ルフナ」

しきりに不思議がるクゥにルフナは自分の浅はかな冒険者のカンを心から悔いた、

(俺も聞いたことねぇもん、女だらけのクランなんて…)

これはクゥがオークに告白する以前、木工師でもある槍術士のルフナが初めてラベンダーベッドに来た日の話だ。


(次回に続く)

 

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