『拝啓、夫が捕まりました。』でんどうし奮闘記

『拝啓、夫が捕まりました。』でんどうし奮闘記

鬱で元被害者の妻とつかまった夫の奮闘記。

☆人物紹介はこちらから→

 

【前回まではこちら】

 

 

「クソッ…、際限が無いな…なんとか近場の魔物は片付けたけどこの先も続くとなると…オウお前は大丈夫かっ?」
「ああ、ルフナよ。だがこのペースではオークの所まではかなり時間を要してしまう…」

傷だらけになった大きな槍を必死に握るひとりの青年は、頑丈な斧を手に自分と同じく肩で激しく息をする獣人の仲間に声をかける。その斧を握る主は空を見上げてもうひとりの、少年の姿をした弓術士(きゅうじゅつし)に叫んだ

「ケイ!この先はどうなってる!?先は見通せたか!」
「…っ、見えるけどオウ、声が…ゲホッ!!」
「!? ケイどうした!?大丈夫か!!」

獣人オウと槍術士(そうじゅつし)ルフナは、戦闘で焼け野原になった大地の続きが今どのような状態になっているのか道の確認がしたかった。それ故に、自分達の中で1番身軽な天使ケイに木の上に登って貰ったのだった。獣人オウがケイに声をかけた直後、天使の彼に異変が起きた。ケイは木の上から突然ボタボタと胃の内容物を吐き戻したのだ。木の上で咳き込む自分達の天使に、彼らは驚きを隠せなかった。天使ケイは自身の片手で胸元の洋服を強く握り込み、顔色が整わぬまま彼は二人にこう告げた

「…周辺の骸の、ラヴィリティア兵の意識が天使の僕の意識に飛び込んでくるんだルフナ…うっ…」
「! そっか…お前ちょっとだけ人の心の声が聞こえるって言ってたもんな?」

天使の谷から降りてきたケイは“天使の末裔”と呼ばれるラステル・アンジュだった。ラステル・アンジュは人間の声なき声を、想いを微かにだが感じることが出来ると言われていた。そのケイに色んな声が聞こえるということは戦地で倒れている兵士達の多くが、微かな意識を保ったまま息をしているということだった。だが瀕死であっても、この数をたった三人ではどうすることも出来ない。やりきれない思いでここまで駆け抜けてきたが、天使ケイの小さな身体に大きな影響が出始めていたのだ。何より彼は本当の天使だ、純真無垢で心根の優しいケイにはあまりにも酷なことであった。槍術士ルフナはケイを気遣いながらもラヴィリティアの兵士達に思いを馳せる

「ラヴィリティア兵の奴ら、さぞ無念だっただろうな…」
「うん…彼らだけじゃない、待ち伏せしてたらしい帝国兵の後悔の声も凄いんだ。“こんな筈じゃ無かった”“信じられない”って。自分達が死ぬことを知らなかったみたいだ」
「なんだと!?…ガレマール帝国の幹部は自爆覚悟の作戦の、詳しい内容は下級兵に隠していたのか!」

獣人オウは最後に奥歯を食いしばり悪態を付ついた。彼らは思った。これが混沌混迷を極めた国と国との“戦争”なのだと。どちらの兵士達もひとりの人間で、狂おしいほど愛おしい幸せな日々が必ずあった筈だ。戦争は時間が経つにつれて何が善で何が悪なのか、次第に解らなくなってゆくものだ。ひとたび国の兵士となれば戦う意味を、正しく確かめる思考を持つ事は許されない。彼らの約束された安息の明日は敵国や、時には暴走した国内の強い同調圧力で脅かされる。兵士の愛する家族達もまた愛国心を盾に、国へ人質に取られる事もある。そして数え切れない若者達が戦地へと送り出されるのだ。やがて誰もが信じていた正義が嘘に塗(まみ)れた大義へと、姿形を変えたと気づく日が訪れたとしても失われた命は決して戻る事は無い。それがあまりにも惨(むご)い“人間の兵士”の現実なのだ。今まさに命を繋ごうとする冒険者達は再び想いを巡らせた。自分達の類い稀な能力は、生きたいと願う人間の為に使うものだと。その誇りを掲げる真の冒険者には、残酷な人間の兵士の有り様を肯定する事は生涯永久(とわ)に無いだろう。それ故に、ただただ無力感を漂わせる感情が三人の胸の内を深く酷く苛むのだった。獣人オウは眉間に皺を寄せて瞳を固く閉じ、また見開いてから天使ケイに声を張り上げる

「わかったケイ、もういい。とにかく木から降りてこい!しばらく俺の肩に乗っていろ」
「オウ、わかった…」

天使ケイはまだ胃袋に残る全ての物を吐けるだけ吐いて、獣人オウ達の元へ戻った。ケイは汚れた自身の口元を手の甲で拭いながら、苦しそうに顔を歪ませ自分の仲間達へ再び口を開いた

「ごめん二人とも、もう大丈夫。この辺りのラヴィリティア兵の声が、だんだんオークの、自分達の王太子の心配だけになってきてる。オーク自身の気配はまだ感じられないけど多分もう近いよ、急ごう…!」
「! ああ、行こう!!」

槍術士ルフナの最後のかけ声と共に心優しき勇敢な冒険者達は、かけがえのない友人の元へ再び走り出すのだった。


天使ケイ・獣人オウ・槍術士のルフナの三人が戦地の中心部へ向かっている頃、前線を離れた森の都グリダニアの『クォーリーミルの砦』ではラヴィリティア国現王太子オーク・ラヴィリティアの子を宿したと思われる女性が砦へ運び込まれていた。名はクゥクゥ・マリアージュ。彼女もまた小国の戦火に巻き込まれている最中であった。クゥクゥを砦へ連れ戻った仲間の一人である錬金術師の女性クイーンマリー・プリスティニーは砦の医療ベッドに、意識の無い彼女を寝かせ看護に追われていた。通称マリーは戦闘で砂埃に塗れたクゥの頬を真新しい布で優しく払い落としていると、後方の扉からゆっくりと近づいてくる片足に傷を負った初老の男性に肩越しに声をかけられた

「マリー殿、彼女の意識はまだ混濁しているようですか」
「スレイダー、来たのね。ええ、熱も少しあるわ。今まで相当身体に影響があったと思う。皆もそうだと思うけどこの子の様子に私も全然気付いて無かったわ…さっきの戦いで負傷したラヴィリティア兵と冒険者達は今どうなってるの?」
「最初に運び込まれた方たちは一段落しましたが、より前線に近かった方々が次々と運び込まれています。幸い、クゥクゥ殿が連れてきてくれた回復士達と零式部隊の方達の助力が得られて負傷した全ての人間の回復と治療に当たってくれています。ガレマール帝国の残党兵や敗走兵も対応してくれていますよ」
「そう…正直、戦闘以外の手も全く足りていないから零式部隊には感謝しかないわ。彼らはこのエオルゼアでも生え抜きの冒険者達ばかりだから散らばったガレマール帝国兵の件はすぐ片がつくでしょうね。スレイダー、まだ作戦指揮を執っているオクベルにクゥの件を伝えることは出来たの?」
「はい、しかとオクベル女史に伝えましたよマリー殿。ですが今は全く身動きが取れない、との事でした。きっと誰よりもクゥクゥ殿の側に居たいでしょうに…」
「オクベルはクゥの母親代わりみたいなものだものね」

最後に錬金術師のマリーは未だ熱にうなされるクゥの顔を、目を細めて見やり溜息を吐き出したのだった。口数が減ってしまったマリーへ、スレイダーと呼ばれた男性は再び彼女に言葉を投げかけた

「マリー殿、申し訳無いのですが負傷した方々の為の、回復薬の数がだいぶ減ってきました。調合の追加をお願いしたく呼びに来ました。私のこの足で砦を歩き回るのは、治療に当たる皆さんの足手まといにな成りかねませんをクゥクゥ殿の付き添いは私と代わって頂けますか」
「スレイダーの判断が正しいわ、私も歯がゆいけどクゥの事はお願いするわ。この子に何かあったら私にまたすぐ声をかけてね」
「承知しました、マリー殿。」

後ろ髪を引かれる思いで、マリーはその場を後にした。スレイダーの片足は今回の戦いで負った傷では無く、遠くない過去に冒険者をやっていた時の古傷だ。今はマリーが所属するクゥクゥ達の冒険者クランBecome someone(ビカム・サムワン)の、お抱え裁縫士であるのが彼の姿だ。スレイダーもまた今の自分の非力さを、誰にも悟らせずひとり嘆いていた。戦う若者達の帰還を、無事を切に願いながら戻る場所を整えておくこともまた自分の心との戦いだ。深く眠り目覚める様子が見えないクゥの姿を確認してから戦いの、長い夜明けも見えぬ窓の外を見やり自身の双眸(そうぼう)を静かに伏せるのだった。

 




「こっちはラヴィリティア国とガレマール帝国の下級兵達の骸ばかりだ!多分オーク達の隊はこっちじゃない、オウ」
「ルフナ、戻ったか!こちらもガレマール帝国の下級兵の骸がラヴィリティア国の兵士達に折り重なってはいるが、オークに、国の王太子に張り付いてるような幹部の隊服では無いようだ。まだ、この先なんだろう…」

獣人オウが広い焼け野原の戦地を槍術士ルフナと手分けをして、ラヴィリティア兵の骸の山を確認していたその時、ドサッと彼の後方から音が鳴る

「!!」
「ケイ…!?おい、大丈夫か!!」

その音は獣人オウの後ろを這々の体で、なんとか自分の足で着いてきていた天使ケイの倒れた音だった。慌てて二人はケイに駆け寄り、大声でケイに叫び続ける

「ケイ!ケイ!!おい、しっかりするんだ!」
「オウ…ケイ、こいつ泡吹いてるぞ…」

槍術士ルフナは顔を一気に青ざめさせて、最後に震えるような声で獣人オウに呟いた。ケイのその尋常では無い姿は口から涎を垂らし目は虚ろで、いつも可愛らしく瞬かせていた瞳には何も写してはいないようだった。常に冷静沈着な獣人オウにも流石に焦りの色が見える。オウが天使ケイの身体の様子を確認する為に、彼に自身の身体を寄せた時ある事に気が付いた。オウが言葉を零す

「ケイ、その指は一体何を指しているんだ…?」
「…ォー…」
「オウ、こいつ何か伝えようとしてる…まさか!?」
「あそこにオークが居るのか…!?ケイ!」

僅かだが、倒れたケイの投げ出された腕の先は人差し指が動いている。そのゆびが指し示している場所は、この戦地の中でも一際高い死体の山を作っている場所だった。獣人オウと槍術士ルフナは顔を見合わせた後、ルフナはケイに声を掛け続けて、オウは死体の山目掛けて駆け出した。獣人オウは小国と帝国が相打ったであろう、折り重なった骸を一人一人退けてゆく。すると一番下から出てきたのは、ここまでずっと探し続けてきた自分のクランリーダー、オーク・ラヴィリティアだった。獣人オウは自身の目を見開いてオークの今の姿を凝視し、身体を強張らせた。自分の顎が上手く動かない、彼は最後にこう言った

「オークの、腕と足が無い…」

誇り高く勇ましき獣人の彼がこの戦争で、荒廃した大地に初めて膝を付いたのは荒れ狂う魔物と対峙した時では無かった。力無い自分の言葉に絶望を覚え、目の前の残酷な現実が全く受け止められない。少し離れた場所で昏倒した天使ケイの名前を叫び続ける青年ルフナの声を聞きながら、戦士オウ・クベルニルはただ呆然と四肢が散った小国の王子の無惨な身体を見つめ続ける他なかったのであったー。


(次回に続く)

 

読者登録をすれば更新されたら続きが読める!

フォローしてね!

ぽちっとクリックしてね♪

 

↓他の旅ブログを見る↓

 

 

☆X(※旧ツイッター)

 

☆インスタグラム

 

☆ブログランキングに参加中!↓↓


人気ブログランキング