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【前回まではこちら】
先頃あった筈なのに遠い遠い昔の戦のように思える。戦前に国土の大半は焼け落ちて、城下と城だけが静けさに包まれていた。小国『ラヴィリティア』は今、新たなる世代の荒波に船を漕ぎ出そうとしている。旧ラヴィリティア史上、最後の大戦と呼ばれるこの戦で手足をもぎ取られたのは当時の王太子、オーク・ラヴィリティア。仮初めの婚約者ハンナ・ラヴィリティアは、重篤な状態に伏す彼の寝所へ毎夜足を運んでいた。王太子オークの為に集った冒険者仲間が一人、また一人と城を離れていた。その最中、オークの本当の妻クゥクゥ・マリアージュが彼の子を城で産み落としたその日、城中に響き渡りそうな産声と共に彼は目覚めたのだった。それは戦後と思えぬ青空がラヴィリティア全土を包んで、新しい季節の訪れを告げるそよ風が吹く午後だった。僅かな時、王太子オークの枕元から離れていた王女ハンナが婚約者の彼の寝室へ飛び込んできた。ハンナがオークに声をかける
「オークっ?わかるか、私だ、ハンナだ」
「ハンナ…」
「ああ、無事だ。有難う、私が留守の間よく国を護ってくれた。私も何事も無く帰れた」
「…」
オークは戦における裂傷などの高熱や後遺症で口や耳がまともに機能してはおらず、ハンナ王女の名だけを口にした。彼のその掠れた声にハンナは喉をぐっと掴まれる気分で、短く呼吸をしてオークに言葉を重ねた
「安心してくれ、ラヴィリティアの国も無事だ。エオルゼア同盟の尽力もあって、帝国を押さえ込む事が出来た。もう大丈夫だ」
「そうか…」
ずっと心から聞きたかった言葉を耳にして、オークは力強く目を閉じた。オークとハンナの二人の間に沈黙が流れた後、オークはやっと動かせる頭をハンナから反らして城の窓に傾けた。ハンナはその様子に気が付いて再び彼の名を呼ぶ、
「オーク…」
「ハンナ、足が無いのは分かってる」
オークの言葉にハンナ王女は目を見張った。冒険者だったからだろうか、彼の言葉はなんとも言えぬ静かで抑揚のない声だった。この様子なら彼はきっと自身の腕の無い事にももう気が付いているだろう。ハンナ王女は眉を寄せて、その先の言葉を紡げなかった。現実は手や足を失ったよりも残酷で、今後、子を成す事が不可能な事も今伝えるにはあまりに忍びなかった。ハンナ王女は一瞬思案するも、これだけは伝えてやらねばと最後にオークにこう言った
「オーク、クゥクゥ殿がお前の子を産んだ。今、この城に居る」
ハンナ王女がその事実をオークに伝えた直後オークが纏う空気は瞬時に変わり、彼から出た言葉は思いがけぬ言葉だった。
話は少し遡る。ラヴィリティア国のオークが目覚めぬ中、クゥクゥがこれからオークの子を無事出産する事を誰もが知らぬ頃。ある男がエオルゼア同盟の一国、砂の都『ウルダハ』を、移動の足である『チョコボ・キャリッジ』に乗り空に走らせていた。辿り着いたのはウルダハの城下町、その中で一等人が行き交う大通りにカウンターを構える『リテイナー窓口』と言う建物を訪ねていた。ここは冒険者が『リテイナー』と呼ぶ、冒険者のマネージャーのような存在を雇える場所だった。そこを訪れたのは髭を蓄えた中年の男、ウォルステッド・アミュスクフだった。彼が“姉”だと慕う女性で、オークやクゥクゥの冒険者仲間である黒魔道士オクーベル・エド。彼女の恋人はリテイナーだった。彼の名はアールグレイ。女性と見紛うほど整ったアールグレイの顔立ちは、オクーベル女史が『天使の谷』へ姿を消して以後見るからに憔悴していた。そんな彼を髭の男ウォルステッドは度々訪ねていた。これは彼と女冒険者オクーベルとの間で交わされた約束だったからだ。リテイナーの休憩室でウォルステッドとアールグレイはオクーベル達について話をしていた
「いつもご足労頂いてすみません、ウォルステッドさん」
「こちらこそ。オクベル姉さんの情報を何も掴んでこれなくて情けない限りです、アールグレイさん」
ウォルステッドの控えめな答えに、アールグレイは曖昧に笑顔を作り顔を緩く振った。二人は本題に入った
「アールグレイさん、この半年間オクベル姉さんの姿をエオルゼアの地上で見た人間は見つかりませんでした」
「…本当にありがとうございます、ウォルステッドさん。貴方に見つけられないという事はきっと、オクベルさんが『天使の谷』へ辿り着いたということでしょう」
「ほぼ間違いないと思います。それでも心配ですよね」
「僕なんかが気を揉んだって仕方のない事は分かっているんですけど…オクベルさんは、彼女は必ず戻ってくるって事も信じています…」
「…」
青年アールグレイの最後の言葉に、髭の男ウォルステッドは僅かに目を細めた。語尾が弱くなった言葉の先には、アールグレイのそれでも、という言葉が掻き消えてしまっている気がした。心配無い訳がない、恋しくない訳がない。ウォルステッドはアールグレイの話に傾聴を続けた。アールグレイの琥珀色の瞳から、一筋の涙が頬を伝う。彼はウォルステッドに謝罪した
「…ごめんなさい、ウォルステッドさんにオクベルさんの言葉を届けてもらったのに」
アールグレイの言葉でウォルステッドは『天使の谷』に突入する前の、オクーベル女史の残していった言葉を思い返した
『アールグレイに“泣かないで待っていろ”と伝えてくれ。それで時々様子を見てやってくれ。頼む、ウォルステッド。お前にしか頼めない―』
片手で頬の涙を拭ったアールグレイの横顔を見て、髭の男ウォルステッドは口を開いた
「アールグレイさん、貴方はもっとオクベル姉さんに怒るべきだ。あの人、本当に自分勝手なんですよ。人の気も知らないで我儘好き放題で、付き合うこっちはたまったもんじゃない。いちいち気にしていたら持ちませんよ」
ウォルステッドの粗雑なような、されど落ち着き払った声を乗せた言葉達に、アールグレイは俯けていた顔を上げた。ウォルステッドは続けた
「だから、オクベル姉さんの言い分なんて適当にハイハイ聞いて、好きなように生きてください。これ、姉さんに振り回されている人間の鉄則です」
「…っ、ウォルステッドさんのおっしゃる通りかもしれませんね」
アールグレイは気のおけないウォルステッドとオクーベル女史の間柄に、再び瞳を潤ませて僅かに微笑んだ。彼のその泣き顔にウォルステッドは畳み掛ける
「だから俺も好きに生きます。まずはアールグレイさんは俺と親友になりましょう。これは俺達から、オクベル姉さんへの意趣返しです。きっと天使の谷から俺達の様子を笑いながら見ているはずです。その様子を見たらきっと慌てて戻ってくると思いますよ〜『お前達!何やってるんだ!』ってね」
「ふふっ、まるでオクベルさんの声が聞こえるみたいです」
「でしょう?姉さんの子分の、筆頭の俺が言うんだから間違いないです!」
「ふふ、あはは…っ」
アールグレイはやっと、いつもの可愛らしい笑顔をウォルステッドに見せた。ウォルステッドはそれにニカッとした笑顔で答える。それからウォルステッドは近くにあった小さな黒板に“俺達親友です!”と書き殴り、リテイナー休憩室の窓から天に向けてずっと板を叩き続けた。リテイナー窓口からアールグレイの笑い声が聞こえ続けたのだった。
それからまた時は進んで『天使の谷』では天使ケイが目覚めてから地上の単位では二年という月日が流れようとしていた。今日は谷の天使達は一様に静かだった。普段は彼らが大好きな花畑を、元気よく駆け回る声が安らかな寝息へと姿を変えていた。その広大な敷地で身体が回復したケイと黒魔道士の女冒険者オクーベルは手を繋ぎ歩いていた。この散歩は日を置かず繰り返されていたが、ケイは目覚めてからもオクーベルと交わした会話は多くはなかった。オクーベルは自分を映すケイの、虚ろな瞳をいつも気にかけていた。もう何日もケイの笑顔を見ていない。天使の谷では悲しさも焦りも感じず、彼女はただただケイと行動を共にしていた。オクーベルは彼と手を取り合って、時には抱きしめて天使の寝床で眠り続けた。時折『天使の窓』という、地上の様子を眺める事が出来る水溜りを求めて二人は今日も今日とて散歩をしていた。ケイの俯き加減な横顔を見ながら、オクーベルが彼に話しかけた
「ケイ、まだ眠いか?」
「…ううん」
首を横に振って短い言葉を口にしたケイは、オクーベル女史の手を握ったまま答えた。二人はそれ以上言葉を交わさず歩いていると件の水溜りを見つけた。オクーベルは自分も地上を見下ろす為にケイと同じ目線の高さに腰を屈めた。オクーベルが再び天使ケイに声をかける
「地上が見えるか?ケイ。よく見てごらん、あそこに大きな城があるだろう。お前ならそこに居る“彼女”が見えよな」
「…あの子はだれ?オクーベルの友達?」
「そうだ。そしてケイ、お前が地上で一番好きだった女の子だ」
「…」
ケイはオクーベルの言葉に反応を示さなかった。オクーベルは『天使の谷』を訪れて、天使に生まれ変わり天使の目を手に入れた。谷から恐ろしく離れた地上を、その瞳にはっきり写していた。そしてより細かい地上の人々の生活を、ケイだけが視界に捉えていた。オクーベルは僅かに識別出来る、ケイの失われた記憶の女性、クゥクゥ・マリアージュの話を彼に聞かせてやった。その後、ケイはぼそっと呟いた
「オクーベル、…僕、わからない…」
「…そうだよな。今日はもう帰ろう、ケイ」
「オクーベル、ここからじゃ、あの子がよく見えないんだ」
「ケイ…」
「あの子は何を持っているの?ずっと木の板を大切そうに抱きしめているんだ」
「そんな事まで見えるのだな…なぁ、ケイ?」
「なぁに?オクーベル」
女冒険者オクーベルは地面に膝を着いて、ケイの顔を覗き込み片手で彼の頬撫でた。オクーベルは不思議がるケイに尋ねた

「ケイ、私は地上に帰ろうと思う」
「どうして?」
「ケイが助かった事を、私達の帰りを待つ仲間達に教えてやらなければ。それからあちらに、愛しい者を置いてきてしまった。もうかなりな時間が過ぎている、私は帰らなければならないんだ」
「僕、オクーベルと離れたくないよ」
「ケイ…」
ケイはオクーベルに手を伸ばして彼女の肩口に顔を埋めた。オクーベルは泣いているかもしれないケイを、強く抱きしめて彼に囁いた
「ケイ、お前は記憶を失う前、自分でエオルゼアの地上に降りてきたんだ。だけど、今は昔とは違う。お前はずっと天使の谷に居ていい。もう、人間の醜い争いが起こる場所へ帰らなくていいんだ。だけど、ケイ。お前はこれからどうしたい?私と一緒に地上へ行きたいか…?」
「僕は…」
オクーベルはケイから身体を少し離した。それから彼の顔を自身の両の手で優しく包んで、ケイの額と自分の額をくっつけた。彼女は瞳を伏せてケイの最後の言葉を静かに待った。天使ケイがエオルゼアの地に戻れば、底の尽きない人間の欲望に、果てなき戦いへ否応なしに巻き込んでしまうかもしれない。心優しい女冒険者は無垢な天使に問いかける。寄り添う彼らは傍らにある、愛しき大地を写す虹色の水鏡へその姿を滲ませるのだったー。
(次回に続く)
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