『拝啓、夫が捕まりました。』でんどうし奮闘記 -2ページ目

『拝啓、夫が捕まりました。』でんどうし奮闘記

鬱で元被害者の妻とつかまった夫の奮闘記。

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【前回まではこちら】

 

 

数え切れない幾万の戦死体。それが無数に折り重なって小山を築き戦地を形造る。赤い旗と黒い旗に別れて戦った小国と帝国の隊服を身に纏う、事切れた躯達は僅かに瞳を開き全て虚ろだ。固く目を閉じた者達は負傷した痛みに耐えかね顔を歪ませて逝った者達だろう。瞼を下ろせなかった者は皆、即死に近く自分が死んだ事さえも分からず生の幕を降ろした。その無辜(むこ)の魂たちの傍らで、此度の戦争に従軍させられた小国『ラヴィリティア』の王太子オーク・ラヴィリティアは、四肢がバラバラに散った状態で仲間たちに見つかったのだった。その状態を発見したのはオークの冒険者クランBecome someone(ビカム・サムワン)の前衛、斧術士(ふじゅつし)の獣人オウ・クベルニルだ。彼はオークの欠けた四肢を瞳に写しながら呼吸が浅くなる。声になっているか分からない口調でオウは呟き始める

「オーク、お前の右腕は、左足はどこだ…他の死体の下なのか?なぁ、オーク…」

獣人オウの瞳はみるみる内に水分を帯びていく。オウは自分の右手を、オークの頬に当てて血の涙を流す彼の左目を見つめた。この左目も赤黒く跡形も無い。頭が無事なのが不思議なくらいの無惨さだった。その茫然自失なオウの姿に、近くで倒れた天使ケイを腕に抱きかかえながら槍術士(そうじゅつし)青年ルフナが駆け寄り近付いた。ルフナも驚愕した、獣人の彼の目の先に広がる惨状に。ルフナも言葉を零した

「おい、嘘だろ…なんだよそれ、なんなんだよ!オーク!オークっ!!」

槍術士ルフナは天使ケイを強く抱き締めながらオークの、自分のリーダーであり親友の痛ましい姿になった状態に叫んだ。友の顔に、こんなに顔を近づけた事があっただろうか。ルフナは返事をしないオークに叫び続けた

「オークなんで…っ!」
「ルフナ!待て…オークに息がある」
「!!」
「…心臓も動いてる!」

獣人オウはオークの顔へ当てていた自らの手に、僅かだが呼吸が当たったのに気が付いた。直ぐ様オークの胸に自身の耳を当てて彼の弱々しい胸の鼓動を確かめた。獣人オウとルフナは顔を見合わせて力強く頷いた。オークの先が無くなった右腕と左足に救護用の布をしっかりと巻いて獣人オウが傷だらけの彼を抱き上げる。ルフナはひと通りオークの腕と足を探したが見つからなかった。恐らくだが帝国軍の地雷が爆発した際に、王太子の親衛隊が咄嗟にオークへ覆いかぶさったのであろう。周りに散らばる位の高い騎士達の身体の痛み具合を見れば一目瞭然だった。彼等がオークを護ってくれなかったらきっと腕や足だけでは済まなかった。獣人オウ達は命を賭した彼等にありがとうと別れを告げてその場を走り出した。彼等の偉業を絶対に無に帰してはいけないと、オークの命を絶やさぬ為クォーリーミルの砦に急ぎ戻るのだった。


どのくらい戦場を走っただろうー。オークを抱える獣人オウも、天使ケイを背負う槍術士ルフナも息が完全に上がっていた。特にルフナは木工師になる為に槍術士を志願した故、本格的な従軍経験はこれが初めてであった。体力勝負である前衛を務める獣人のオウと、戦闘経験の差があるルフナとでは力量に雲泥の差があった。ましてや二人とも気を失った仲間の身体を抱えている、ルフナの足は段々と獣人オウよりも遅れを取っていたのだった。その最中、彼等の周囲が異様なまでの殺気に包まれる。これには覚えがある、通称『ウルズの泉』と呼ばれたこの場所で何度も襲われた感覚だ。足元の沼地の中からガチャッと音を立てて、髑髏(どくろ)の魔物『マジックドボーンズ』が無数に立ち上がってきたのだ。獣人オウと槍術士ルフナは辺り一面を見渡した。思ったよりも囲まれた敵の数が多い、残党と言うには似つかわしくない様子だった。もうこの辺りには人間は生存していないのだろう、だから彼等に魔物が集まったのだ。クォーリーミルの砦からウルズの泉に続く洞窟を抜けて、戦地の中心地に赴き深手を負った王太子達を抱えて戻ってきた道だ。獣人オウと槍術士ルフナの顔には滝のような汗が流れる。きっとここが本当に最後の正念場だ、ここを切り抜けなければ砦には辿り着けない。クランの仲間や、多くの騎士と冒険者が自分達の帰還をクォーリーミルで待っている。前衛である斧術士のオウはその鋭い眼光を宿すオッドアイの瞳を釣り上げた。自身の腕にずっと抱えていたオークの身体を、槍術士ルフナの足元にそっと置いて彼に語りかけた

「ルフナ、ケイを俺に渡せ。それからオークを頼む。それでこの場から絶対動くな。俺が吹き飛ばした魔物がオークに当たらないように槍で防いでくれ」
「オウ!?お前ひとりで戦う気か!無茶だ!!」
「それしか方法が無い。いいか、“何があってもここから動くな”この場所が俺の間合いギリギリだからな」
「オウ…?お前一体何する気だ…」
「後は頼んだぞ、ルフナ」
「わかった…」

嫌な予感が拭いきれないルフナは戸惑いながらも獣人オウに同意した。オウは浅い呼吸を繰り返しながら身体を震わせる天使ケイの全身をを大きい白い布で包む。その状態で荷物のように背負い、深く目を伏せたあと目を見開いた。次の瞬間、自分の前に立ちはだかる魔物を見据え獣人の雄叫びを上げた。戦火の黒煙が上がり続ける非情な空に獣の声が木霊する。天を見上げ続けるその姿が異様なまでに変貌していく。全身の毛は逆立ち禍々しい空気を纏って、筋肉は膨れ上がり浮き上がった血管からは血飛沫が上がった。獣人のオウのその姿を、青年ルフナが見たのはそれが初めてだった。クランに在籍している間、少なくとも他の仲間からは聞いたことが無い。そのオウの様子はまさに『狂戦士』。ここから起こることはただただ殺戮だ。もう切れ味の鈍い斧を魔物に叩き付けてミンチにしていく理性を失ったオウの姿は、倫理の枠を超え飢えて狂う獣へと化した。胸が痛い、ルフナは彼のその姿に戦慄と喪失感を覚えながらも、感覚が麻痺した恐怖の中でぼんやりと思った。この戦いはもうまもなく終わるだろう、と。ルフナ自身もオウからの返り血等で血塗れになりながら足元に横たわるオークの身体を、残党の魔物マジックドボーズから護り続ける。自分の振るう槍の合間から見える、狂戦士オウの瞳から流れ出る血液はまさに“血の涙”であった。


「もうオウの声が聞こえない…」
「オクーベルさん、そろそろ冒険者再編成隊を出したほうがいいんじゃ…」
「…」

周りに控えていた冒険者に恐る恐る進言されたのは、クォーリーミルの砦で指揮を執っていた黒魔道士オクーベル・エドだった。彼女は砦の最上部に立ち続けて、欄干に置いた拳を強く握り込み思案しているところだった。未だ黒煙が上がり続けるウルズ方面から聞こえてきたのは聞き覚えのある叫び。自分の冒険者仲間であるオウ・クベルニルの雄叫びだった。森の奥で絶対何かが起きている。けれどこの場を離れる事が出来ないオクーベルが焦れていると、森林の端から数人の冒険者が砦に駆けてくるのが視界に入る。オクーベル女史は慌てて砦の最上階から飛び降りて、森から戻ってきた冒険者達に声をかけた

「どうした!?ウルズのほうで何があった!」
「それがっ…オクーベル、もうすぐこっちに彼らが…」
「…おいオクーベル!来たぞ!」
「! …あれはっ!」

オクーベルは霞がかった木々の間からゆらゆらと人影が見えるのが分かる。それは彼女が待ち望んだ獣人オウ、槍術士ルフナの姿だった。オクーベルは驚いた、自分が見ている光景が信じられない。槍術士ルフナの姿は血塗れで、折れた槍を杖代わりにしてこちらに真っ直ぐ歩み続けている。しかしもっと驚くべきは獣人オウの姿だ。腕や足に様々な裂傷を負って、彼が歩く度に足を伝い地面に血溜まりが出来る。とても歩ける状態じゃない、自分が前に歩いているかも分からないであろう。その姿に彼女が圧倒されている時、ルフナが背中に抱える人物の顔が目に飛び込んでくる。オクーベル女史が叫ぶ

「オーク・・・!!」
「なんだって!?あのラヴィリティアの王太子か!!」
「皆!彼らを手伝え!」

オクーベル女史が声を張り上げた途端、獣人オウと槍術士ルフナはその場にドサッと倒れ込んだ。その倒れた音はまるで水を大量に吸った泥が地面に叩きつけられたような音だった。オクーベルは流石に顔を引き吊らせて、今回の戦で初めて砦の門の外へ駆け出したのだった。彼女が倒れ込んだ二人に声をかけ続ける



「オウ!ルフナ!!しっかりしろ!…オーク?これ、オークか…?」
「オクーベルさん、彼の腕と足は…」
「…っ!!オークをっ!オークを最優先に砦へ運んでくれ!ラヴィリティアの王太子だ!!」
「ルフナさん!!…だめだ、完全に意識がないっ」
「オウ!私だ!オクーベルだ!起きろ!!」
「…ㇰベル、背に…」
「オウ…?…っ!まさか…っ」

傷だらけになった自分を揺り起こす仲間のオクーベルの叫びに獣人オウの言葉はもう無意識だったのだろう、だがしかしオクーベルは自分に投げかけられた言葉を聞き逃さなかった。前のめり倒れ込んだ獣人オウの背中には白い荷物が掛かっている。オクーベル女史はその荷物を力づくで引き裂くと、中から姿を現したのは虚ろな目をして身体を痙攣させている天使ケイだった。彼女は背筋が凍り、これが夢であってくれと願った。自身の冒険者クランのリーダーの手足は千切れ、眩しいばかりの笑顔を振りまいていた小さな天使は虫の息。魔道士オクーベルは瀕死の彼等の名前を無我夢中で喚き続ける事しかできなかったのであった。

(次回に続く)

 

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