☆人物紹介はこちらから→★
【前回まではこちら】
砂埃の舞う冷たい風が吹きすさぶ──。天に楽園を頂く大地の麓はその姿に似つかわしくない土のありようで石にまみれ、乾いた土で痩せた草木を僅かに茂らせていた。そこに降り立ったのは回復士(ヒーラー)の服を身に纏い顔に髭を蓄えた中年の男ウォルステッド・アミュスクフと、琥珀色の光を瞳に宿したミコッテ族の青年アールグレイだった。もう何度この土を踏んだだろう。年若き彼は雲に隠れるこの崖上の『天使の谷』と呼ばれる神の禁域を見つめ続けた。その先へ姿を消した恋人オクーベル・エドの帰りを、彼はひたすら待ち続けていた。でもそれももう三年以上経つ。帰りの便りは勿論無いし、怪我をして谷へ連れ戻しただろう仲間の天使も姿を現さない。それでも恋人オクーベルが心細い思いをしていないか心配で、度々谷の麓へ足を運んでいたのだった。それにいつも付き添ってくれていたのは他でもないオクーベルの友人であるウォルステッドだ。彼もまたオクーベルを気にかけて、アールグレイの後押しをしている最中であった。ウォルステッドは、幾度もそうしてきたように切なげに空を見上げるアールグレイの背中を今日も静かに見守る。アールグレイは帰らぬ恋人を待つ三年間であった事を思い出す。彼はずっと勤めていた仕事を辞め、オクーベルが消息を絶つきっかけとなった戦争をしていた小国『ラヴィリティア』の要人執事になった。それはオクーベルが帰ってきた際に生活に困らないように始めた仕事だった。目まぐるしい日々にやり甲斐はあった、毎日勉強する事ばかりだ。彼女が居ない寂しさも幾分か紛れていたが、時折こみ上げる形容し難い悲しさはやはりアールグレイの胸を酷く軋ませていた。仕えたラヴィリティアの主人に自分を恨んではいないかと聞かれた時、咄嗟に偽りを述べてしまった。やりきれない思いが無いわけじゃない。でもそれを口にしたら自分の何かが崩れ落ちてしまいそうだった。そんな思いを滲ませて丸い瞳から一筋の涙を零したアールグレイは、片手でそれを拭って顔を俯かせ溜息をついた。彼はいつものように羽織ったマントを翻して自分の薄暗い気持ちを洗い流し、儀式のような時間に付き合わせてしまったウォルステッドへ足を向けた。すると何処からともなく白い羽が青年アールグレイの視界を一枚過った。こちらへ向かって来たはずなのに急に足を止めたアールグレイに、それをしきりに不思議がったウォルステッドにも、次第に沢山の白い羽が舞い降りてくる。その羽たちがひときわ宙を舞った瞬間、大きな翼の羽ばたきの音が彼らを包んだ。翼の主の影がウォルステッドの顔にかかり、それに驚いた彼は小さく呟いた
「ケイさん…?」
それは眩い真白な羽根を背中から大きく広げた、『天使の谷』へ舞い戻ったはずの天使ケイ・ベルガモットの姿だった。ケイはウォルステッドに向かって手を伸ばして彼の首に腕を回し、それをウォルステッドは咄嗟に抱き留めた。その絵画のような場面に青年アールグレイはただただ目を丸くして身体を強張らせる。すると彼は自分の背に気配を感じた。その場に立ち尽くしていたアールグレイの背中へ女性の声がかかる
「本当に泣き虫だな、君は。」
「…!」
その透き通り落ち着き払った声の主に、アールグレイは直ぐさま振り向く。笑顔を湛えた女神のような彼女は言葉を重ねた
「泣かないで待ってろって言っただろう、アル」
「…オクベルさん…っ!」

背中に白い翼を生やしてアールグレイの前に現れたのは、彼が焦がれて焦がれて止まなかった恋人オクーベルだった。アールグレイは彼女へ一直線に走り出す。アールグレイに遅れて駆け出したオクーベルはぶつかるように彼の懐に飛び込んで声を上げた
「ただいま!アル!!」
「…っ遅いんですよ、オクベルさん…!」
「ごめんっ!」
自身を強く抱きしめて泣きじゃくるアールグレイを、オクーベルは満面の笑みで抱き返す。何度も強く抱きしめ直すアールグレイの胸の僅かな隙間から覗くのは、天使ケイを片手に抱えた友人ウォルステッドの姿。自分達を見つめる彼に片手を上げたオクーベルは、目を細めて深く頷いたウォルステッドと彼の『チョコボ・キャリッジ』でその場を後にするのだった。
黒魔道士であったオクーベルは『天使の谷』を背にしてすぐラヴィリティア国へ向かった。友人ウォルステッドの『チョコボ・キャリッジ』を空に走らせる間、彼女は谷であったことをアールグレイ達に話して聞かせた。谷から降りる際ウォルステッドにめがけて翔べとケイには言ったが、彼らを一切覚えていない事。そしてそれによる周りの反応を危惧している事など掻い摘んで伝えた。このままラヴィリティア城へ登城してしまうと天使のケイの事情を知らない他の仲間達がショックを受けるかもしれない、と彼女は思ったからだ。オクーベルは回想する。それは『天使の谷』で天使ケイと交わした言葉だ
「ケイ。お前はこれからどうしたい?私と一緒に地上へ行きたいか…?」
「僕は…」
天使ケイは顔を俯かせて言葉を区切ってオクーベルの顔を見てこう答えた
「僕、オクーベルと地上に行きたい。オクーベルが教えてくれた女の子が、いつも一生懸命生きてたのをここからずっと見てた。あの子が時々眺めて抱きしめる木の板に、何が描いてあるのか知りたいんだ」
「そうか…わかった、クゥ達の所へ一緒に帰ろう」
オクーベルの質問に迷いなく答えた天使ケイはまた地上へ降りる事になったのであった。ケイはラヴィリティアの戦争で傷つき果て地上での記憶を失ったはずだ。地上で一番好きだった女の子クゥクゥ・マリアージュの事も覚えていない。それでもオクーベル女史から度々聞かされていたクゥを、オクーベルが知らない間に谷から覗き見ていたようだった。だが彼女たちの帰還をラヴィリティア国で待っている人間がいる。オクーベルとケイのふたりを受け入れたウォルステッド達は、ラヴィリティアの城下町にある小さな教会で彼女たちを一時的に保護する事を決めるのだった。
あくる日、天使ケイと黒魔道士オクーベルの帰還を執事アールグレイから伝え聞いたラヴィリティア国現宰相オーク・ラヴィリティアは、自身の近衛兵であるクゥクゥ・マリアージュを同席させて彼らを城内へ招き入れた。散り散りになっていた冒険者クラン『Become someone(ビカム・サムワン)』の面々も木工師ルフナを除いて揃った。オクーベル女史に手を引かれた天使ケイは、辿々しく歩を進めて謁見の間の扉を潜った。宰相の執務椅子に座る、穏やかな笑みを浮かべたオークの横に近衛のクゥが護衛で立っていた。ケイの姿を目にしたクゥはにこりと彼に笑いかける
「お帰りなさい、ケイちゃん」
「…!」
見慣れぬラヴィリティア城内に戸惑っていたケイはクゥを視界に入れた瞬間、繋いでいたオクーベルの手を離してクゥへ迷いなく走り出した。それに驚いたクゥはケイから遅れてその場を走り出す。先にケイの事情を聞いていたオークとその仲間達も驚きを隠せなかった。ケイを抱き留めるためにクゥは両手を広げて彼に跪いた
「ケイちゃん…っ!」
「…っ」
ケイは涙を流しながらクゥにしがみついた。自分の身体に精一杯腕を回す天使ケイを、クゥは強く抱きしめ返す。しかしケイは一点を見つめてから、か細い声でこう言った
「ごめん…わからない…」
「大丈夫よ、私が貴方を覚えてるから」
自分の事を覚えていないと言った天使ケイの栗毛色の髪を、クゥは子供をあやすように優しく撫でてやった。彼女は片手でケイのな頭を抱きながら、もう片方の手で自分の腰にぶら下げていたポーチに手を伸ばす。そこから手のひら大の写真立てを取り出してケイに見せてあげた
「オクベルに聞いたよ、貴方がこの写真立てを気にしていたんじゃないかって。ずっとこれが見たかったのね?」
「…この絵、僕が居る…」
冒険者クラン全員が揃う写真が収められた写真立てを手渡されたケイは、その写真をしげしげと見つめた。微笑ましいケイの横顔を見つめながらクゥは彼に囁いた
「そうよ、貴方とここにいる皆で撮った写真が私の宝物なの」
「そっか…みんな、笑ってる」
小さな瞳からぽろぽろと涙を零していたケイは最後にそう呟いて微笑んだ。やっと笑ってくれたケイに、クゥは耐えきれず一筋の涙を零した。その場に立ち会った獣人オウと裁縫師のスレイダーは、静かに涙を流す錬金術士マリーの肩をそれぞれ支え合う。ケイの肩を抱くクゥの姿に目を細めながら椅子に座るオークは、こちらにおいでと彼らを促した。強く優しいふたりの女冒険者に伴われた天使は地上の愛しい仲間達に囲まれて、一番護りたかった本当の王子と永遠(とわ)に続く友情を再び交わした。これは新ラヴィリティア史の冒頭に記される事になる、後の『天使の盟約』の一節であった。
(次回に続く)
↓読者登録をすれば更新されたら続きが読める!
ぽちっとクリックしてね♪
↓他の旅ブログを見る↓
☆X(※旧ツイッター)

☆インスタグラム
☆ブログランキングに参加中!↓↓




