僕の現代史(恩師の教え7) | 吹けば飛ぶよな家具屋のおやじ

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さて、恩師には人のねたみやそねみ恨みなどを買わぬように

指導されてきたが、それでも大きな建物を建てれば、商売だとはわかっていても近所からはよく思われない。

 

そこで私生活は地味にやってきたが、やはりねたみがある日表面化する。

カツ丼が頼まないのに4個出前されてきたのである。

頼まないというと食堂の親父は言った。

「お宅は誰かから恨まれているんかい。

いいや、ただで好いから食べてくれ」

と置いて言ったのである。

 

誰からの恨みか、わからなかった。

恨んでいると言えば近所には3人も4人もいる。

怒鳴られたり抗議されたりした人は多数に上るのである。

 

しかし特にうるさい人が表面化してきた。

 

近所のおばさんで当社のお客様の車に石を投げつけるのである。

お客様の車が細い路地の方面から出るときに塀の中から密かに

石を投げるのである。

お客様はきょろきょろ当たりを見回すがわからない。

しまいには傷になったのをいい機会として車を買い換えた人が出てきた。

それは大変なことである。

 

僕はそちらへ出ないように立て札を立てたことは言うまでもない。

 

そしておばさんはその道路は道ではないから使用するなと抗議してきた。

そうです、当社が発展しなければ素朴なたんぼ道だった。

そんな昔もあったのです。

 

役所に相談しても道路だからどんどん利用してくださいと言うが、

石ころを投げられるのでは通せない。

 

そんな人に困り果てて恩師に相談したら言ってくれた言葉が、

「その人はあなたを鍛えてくれる砥石の役割をしてくれている

恩人です。

その人も砥石として自分の身を削ってまであなたを鍛えてくれています。

ありがたい恩人と思ってください。」

ということであった。

 

さあ、それからは恩人ですから僕は電話があっても道で会っても

そっぽを向いていても誠心誠意挨拶と対応を心がけた。

 

苦節10年。

 

ある日、おばさんの犬がいなくなったとき、

おばさんの犬のえさが閉店後切れて困ったとき。

そんな困りごとの発生に対して心から接したのである。

 

ある日おばさんは言った。

 

長い間悪かったねえ。

あたしもこういう性格だからがんがん言ってしまった。

ごめんね。

 

長い憎しみの果てにようやくたどりついた和解。

 

それからは挨拶も気持ちよく返してくれるようになった。

恩師の教えの通りおばさんは僕の人生の恩人になった。