第 20 章
新たな挑戦 17
「あぁ~ちゃん(晶子)、少しは寝れたの!?」
「ゆぅ~ちゃん(由梨)が心配で寝れなかったから、片付けをはじめてたの! ゆぅ~ちゃん(由梨)にお詫びを言うチャンスを無くしてたから…! 変なことを言ってごめんね! それより寒く無かったの!?」
「うん。 寒さなんか、どこかへ吹っ飛ばしてきたから大丈夫! わたしには、強い味方が沢山いることが解ったから、もう多少このとじゃ参らないから…! それより、あぁ~ちゃん(晶子)がわたしに謝るような事があったの!?」
「ほら、もしゆぅ~ちゃん(由梨)が壊れたら、私の所為だって言ってたから…!」
晶子は不安を口にしていた。
「あぁ、その事ならもう大丈夫! 何もかも自分で解決できそうだから、もう心配しないで! 多分、わたしが壊れることも無いと思うから…!? ご心配をおかけしてすみませんでした。」
素直に頭を下げる由梨に、晶子は言葉に出来ない愛おしさを覚えていた。
「それなら良いんだけど…、変なことを言って本当にごめんね! だけど、身体だけは気を付けてよ! 大事な時期なんだから…!」
晶子は、由梨の異常とも思える明るさに不安を覚えていた。
「はい。 新年から、忙しくて大変なことは解かってますから、大丈夫です。 多少のことは気力で乗り切れます。 だって、まだ十代ですから…!」
「なら良いんだけど…、幾ら十代でも無理はしないでね! でも、ゆぅ~ちゃん(由梨)んって、本当に強い娘だよね!?」
晶子は、今更のように由梨の底知れぬ強さを目の当たりにしていた。
「わたしは、ぜんぜん強くなんかないよ! 唯の負けず嫌いなだけだよ!」
「そうなのかなぁ~!? まぁ、ゆぅ~ちゃん(由梨)が自分でそう言うんだからそう言うことにしておこうか!?」
「はい。そうしておいてください。 ご心配おかけしてすみませんでした。」
そう答える由梨の表情は、とても明るかった。 その様子に安心した様に、
「あのね、私がゆぅ~ちゃん(由梨)を探しに行こうとしたら、和田さんに止められたの!
ゆぅ~ちゃん(由梨)が、ひとりに成りたいと思った時には、ひとりにして遣って欲しいって! 多分、自己解決の術を模索している時だと思うから…、そう言う時は刺激しないで遣って欲しいって! ゆぅ~ちゃん(由梨)がじっくり考える時間を温かく見守って遣って欲しいって!」
「へぇ、お父さんって、結構思い遣りがあるんだね!?」
何かを悟った風に言う由梨に、
「結構じゃ無くて、相当思い遣りがあるよ! 他人じゃ真似出来ないほど、辛抱強く相手を想い遣れる方だよ!」
「はい、はい。 解かってます。 何もかも判った上で言ってます。 そうなんです。 お父さんって、そう言う人なんです。
いつもわたしに気付かれないように、そっとハグし続けてくれる最高のお父さんなんです。
わたしは、お父さんのハグする力加減に、いつも不満を抱いている我が侭娘なんです。
優しくハグし続けてくれているお父さんを、ウザいと感じてしまうヤンチャな娘なんです。 未だに反抗期を抜け出せない幼い娘なんです。
大好きなくせに、反発してしまうバカな娘なんです。 反省してても、素直になれない愚かな娘なんです。 それなのに、ツイツイ甘えてばかりの幼い娘なんです。
もし、見捨てられたらどうしようと不安を覚える臆病者の娘なんです。 なぁ~んてね! ふ、ふ、ふ!」
如何にも嬉しそうに話す由梨の笑顔に、晶子はある種の感動を覚えていた。
由梨の明るい表情は、和田の言うように抱えていた問題が自己解決に至ったことを示していたのかも知れない。
「ゆぅ~ちゃん(由梨)がそこまで自覚しているんなら、これ以上私は何も言わないけど…、もし行き詰まったらいつでも相談に乗るよ!」
「はい、その時はお願いします。 わたしを思いっきりハグしてください。」
笑顔で素直に応える由梨に
「了解! その時は遠慮なく思いっきりハグしますよ! 骨が折れるくらい強くね! は、は、は!」
そう言って笑う2人の声は、和田が眠る部屋にまで届いていた。
一方の莉絵は、その頃マンションで福島がサインした婚姻届けと未だ向き合っていた。 何を思ったのか、莉絵は突然空欄になっていた妻の欄に自分の名前を書き始めた。
恐らく、莉絵の中では自分がこの先を生きていく為の覚悟であることを示したかったのかも知れない。
いや、改めて福島との過去に生きていく覚悟を形にして残したかったのかも知れない。 その勇気と覚悟を、自ら確認したかったのかも知れない。
空欄の埋まった婚姻届けを満足そうに見詰める莉絵の姿は、他人様には理解できない充実感や満足感溢れるものだったのかも知れない。
記入した婚姻届けをファイルに入れ、大事そうに自分の部屋に掲げた莉絵は、久し振りに真っ白なキャンパスと向き合っていた。
その姿は、今朝まで忌まわしいと思っていた過去の全てが、自分の誤解だと解ったからかも知れない。
何もかも、自分勝手な思い込みや決め付けであったのかも知れないと言う後悔を…、莉絵の中にあった得も言われぬ不安や疑問の全てを…、ひとつずつ払拭していたのかも知れない。
何かに取り付かれた様にスケッチを見詰めた侭、微動だにしない莉絵の姿は、今朝までの莉絵とはまるで別人であった。
日が高く昇るころ、漸く下書きを描き始めた莉絵は、案の定和田へ報告する約束を忘れていた。
それに、自分の画材の殆どが画廊に置いてあることに気付いた。 莉絵は慌てて画廊へ向かおうとしていたが、その前に和田に報告しなければならないことが山ほどあることに気付いた。
しかし、何をどう説明すれば良いのか…、何から話せば良いのか…、途方に暮れてしまっていた。
一方、莉絵の訪問を待っていた和田は昼近くまで仮眠をとり、約束のあった午後から意外な人物と会う約束をしていた。
「おう、鈴木君! 久し振りだね!? 元気にしてたかい!?」
「はい。 少し忙しかったですけど、お陰様で元気にしてました。」
「それは良かった。 ところで例の件は無事に済んだのかい!?」
「はい。 お陰様で無事に済みました。 と申し上げるべきところなのかも知れませんが、自分的にはオールクリアって感じです。
新しい社長も、自分の独立を快く認めてくれましたし、和田さんに言われていた資格試験も全て無事に合格しましたのでご報告に伺いました。
本当に、いろいろご尽力いただきましてありがとうございました。 これからも宜しくお願いいたします。」
実は、和田に深々と頭を下げるこの人物は、意外な人物であった。