家を出ると、そこかしこにたくさんの人が歩いている。














みんな、晴れたのがうれしくて外に出てきたのかな?
商店街のみならず、住宅街の通りにも、
老若男女うじゃうじゃと人が歩いている。
挨拶を交わし合ったりしている。
この街の人口密度はこんなに高かったっけ?と、
不思議な気持ちになるほど、人が活動している。
やはり晴れて気持ちのいい日は、どこも活気づいていて良いものだ。
あいらぶ晴れの日。

それでね、
昨日、となり街ですれちがったロッカーっぽいお兄さんと、
今日はウチの近所の商店街ですれ違いました。

ファッションは昨日は全身デニム系だったが、
今日はシャツが黒だった。
サングラスしているので、よくわからないが
一見ミック・ジャガーとかスチーブン・タイラーを思わせる、
ロック系サル顔の骨格。
べつに、好みのタイプってわけじゃないけど、
昨日なにげなくすれ違った人を、
本日、すぐに見つけられる自分が妙である。
どうでもいい情報を、意外にしっかり覚えている脳に対して
「それでいいのか?」と、ちょっとばかり問いかけたくもなる。
夢日記でも同じようなことを感じはするが、あれは、
長年、夢日記などをつけているせいだと思っていた。
が、そうとも言い切れないかもしれないなぁ。
最近、毎朝、濃い夢を見るが、なぜか、忘れている。
そういや不思議なことがもうひとつ。
だいぶ以前に、ここにも書いた「夢に出てきた大きな建物」に
かなり良く似た建物の写真を、雑誌で見つけてしまった。
なにげなく手に取った雑誌の写真を見て、夢を思い出した、
という図式だけどね。
それが、社会的にいわくのある建物のようで、
ちょっとキモチ悪いものを感じました。
くわばら、くわばら

知らなくてもいいこと、見なくてもいいこと、
覚えてなくてもいいこと、が気になってしまうというのは、
エネルギーが集中しにくくなるので、いかがなものかと思う。
悪いことではないと思うが、自分の意思で集中したい。
例えば、
「お尻を出した子一等賞~♪」という音楽を聴いて、
ついつい、
「どうしてお尻を出した子が一等賞なのか?」が気になって
ネットで調べたりしてみるようなことを、しなくて済めば、
いろいろ集中できていいのにな、ってなものであります。
(;^_^A
記憶力が良いといえば良いのかもしれないが、
友人と話していたりすると、すっかり記憶のない自分もいる。
そのくせ、今、近くのコンビニで働いている店員さんは、
何年も前に、私が勤めていた会社の近くのコンビニで働いていた人だ!
ということがわかってしまう。
つまりあの人は、何年も同じ系列のコンビニで働いているんだな。
話したこととかないけど、間違いない。確信がある。
これは、霊感ではなく、記憶力。
ちなみに、タイプだから覚えているわけではない。
記憶って、すごいよね。