必ず「あぁ~、たいえんだねぇ~、あ~、うんうん、まぁ~…」と、
微妙にねぎらうような言葉とともに笑いかけてくる。
通り過ぎるまで、おばあさんはレーダーのようにこちらに向けて
笑いかけてくる。
買物袋をさげていると「まぁ~、たいへんだ~、まぁ~」と言うし、
自転車で通りかかっても「まぁ~、まぁ~」と微笑みかける。
全体的には「大変だね」「偉いね」というようなニュアンスが込められているようである。
しかし、まったく知り合いではないし、近所づきあいがあるわけでもないし、
誰か人を介して知っている人物というわけでもなく、
まったく関係のない他人なので、
老人特有のシワだらけの満面の笑みを向けられると、ただただ困惑する。
初めての時は、困惑しきりで無反応を決め込んで通り過ぎたが、
さすがにしょっちゅう会うので、最近は会釈だけすることにしている。
あまりに笑顔を向けられると、こちらもコワイ顔をしていることができなくなる。
私も会釈しながらちょっと笑う。そういうもんである。
ウチの周りは、猫関所やら、ばあさん関所やら、関所が多い(笑)。
このおばあさんが、少しボケていて誰にでも声をかけているのか、
(他の人物にも同じように声をかけているっぽい)
何か自分なりのポリシーがあってそうしているのか知る由もないが、
「笑顔で人に声をかける」というのは、良い行為であろう。
しかし、唐突にそれをされると、ストレートに受け止められない世の中の風潮。
「ちょっとアブナイな」なんて事をまず思ってしまう。
私も俗な人間だ。
そういえばマクヨが以前の職場で
「この職場は誰もちゃんと挨拶をしないからせめて自分が積極的に挨拶をするのだ」
と「ひとり挨拶運動」をしているという事情を聞いた事がある。
マクヨは、いつも入り口付近で作業していて、入ってくる人に、
率先して対応していたっけ。
バイク便や業者が来ても、受付がないから誰も対応しないのだ。
みんな自分の作業をしているので、ちょい無視。
「どうしよう?」となっている業者さんに、自分から「はい誰にご用事?」と、
仕事の手を置いて、声をかけてあげていた。
そのうち、人が来ると周囲も「マクヨがやるだろう」と思うようになっていた。
マクヨはその期待に応えていた。
私は彼女に「なんでそんなに良い人なんだい?」と質問したことがあったが、
「誰もやらないからだ!」とちょっとムッとしていたっけ。
きっとマクヨは老人になったら、あのおばあさんのように、
道行く人に「あぁ~大変だね~、気を付けてね~」と声をかけるように
なるのではなかろうか…、などと想像してみたり。
想像すると、それはとても良いことのように感じるが、
やはり私は、あのおばあさんが道に立っていると、
ちょっと困惑してしまうのである。
おばあさんは「誰も道行く人に声をかけないから、せめて私が!」と、
静かに世の中と戦っているのかもしれない(笑)。なんてね。
