4月29日、ヴロツワフの朝。
昨日から西にドイツ、南にチェコが程近い
ポーランド南西部にいる。
10世紀にカソリックの国となり、モンゴルの来襲後
の13世紀に荒廃した土地にドイツ人を呼び、
14世紀頃は欧州で反ユダヤ主義が叫ばれた時代に
ユダヤ人を受け入れ、
ポーランドの寛容は経済や文化に大きな発展をもたらした。
やり過ぎた寛容もあったのか、リトアニアと組んで16世紀には
ドイツ騎士団を追いだした。
1592年にはカソリックを守るため来たる30年戦争に向け
首都をクラクフからワルシャワに移し、対宗教改革の
急先鋒となってスウェーデンに勝利した。
この国はずっとカソリックだが、
チェコに程近いシロンスク地方に木と粘土で造った巨大な
建物が、
離れには独立して木組みの鐘楼、そうここは教会の敷地。
1517年ゲーテの宗教改革から100年経ちプロテスタントを
選択した地域には250軒の教会があったが1618年に始まる
宗教戦争に敗れ教会を失った。
しかしここもまたポーランドの寛容により、信仰に教会の
建設が許可される。
数は3つ、要塞化してはならない、石を使わず1年の期間で
できる教会など条件はあったが、
1655年に完成するシヴィドニツァの平和教会が凄い。
プロテスタント教会とは思えないバロックな彫刻の数々、
250軒を3つに押し込めたかのような、大理石かと思ったら
木彫りの彫刻だった、そう石は使用してはならなかった。
3500本のオークを組み合わせ藁をつめ粘土を塗った。
地上だけでなく2階3階4階とスペースを積み上げて
7500人が一同にお祈りできるようになった。
天井の板に三位一体、
そしてパイプオルガン。
今日はツアーの予定にオルガン演奏が入っており、
祭壇上の小さいものの音を聴く。
冬は寒く説教壇には砂時計、長長と話されるとお尻がベンチに
くっついてしまうからか、、
シロンスク地域に建てた3つの教会のうち一つは焼失
してしまうが、もうひとつはヤヴォルという村にある。
共に歴史的背景から平和教会と呼ばれ二つ合わせて世界遺産。
菜の花畑の車窓を抜けて、
Theシルクロード、ピエロギという名の水餃子を頂き
300㌔東へ、クラクフ方面へ向かう。










