山奥のローマにキリストを刺した槍、ゲガルド修道院。 | 添乗員 森田 世界の旅

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ハネムーン

4月18日、エレヴァン近郊の午後。

エレヴァンの南東28㌔ガルニ神殿。

 

 

高台から山の谷間を見下ろすとそこはシルクロード。

この高台にドーリア様式のギリシャまたはローマの神殿が。

しかしここにはギリシャにもローマにも支配された時期は

ない。

76年アルメリア王ミトリダデスはローマを見た。

帰国後ローマで見た神殿を建て、

内部にはゼウス像でなく、土着信仰の太陽神を奉ったという。

周囲には王が住んだ離宮があったというが土台を残し地上から

姿を消している。神殿も含め17世紀の大地震で倒壊して

しまったのだ、

1976年神殿は再建された。

手前の掘っ立て小屋は王がやはりローマで見た浴場だった、

地震で倒れど床には王がローマで見た細かなモザイク床が

当時のまま残されていた。

小アトラス山脈にはキツネやオオカミがいるようだ、毛皮。

 

ここから6㌔バスで山を上ると、

険しい凝灰岩の山に行く手を阻まれる。

どこからか来た一人の僧侶はこの神聖に見えた山に穴を掘り

祈りを始めると4世紀頃には複数の洞窟型教会が出来、複数の

僧侶が寝泊まりする小さな洞窟の修道院が出来た。

どこからか来た僧侶はカッパドキアからだろう、さらに彼は

槍を持っており、それはキリストの十字架にはりつけにされた時

最後に胸を刺されるのだが、その槍だという。

13世紀にはゴシックの立派な教会が地上に建つ、

アルメリアの教会の形に乗っ取りまずはパブリックスペース、

そして奥に

祭壇がある。

パブリックスペースの内側から岩山に横穴が続き、

ここが3世紀に遡る最初に僧侶が掘った穴、なんとそこから

泉が湧いていたのだ、こりゃ神聖だ。

それに続く洞窟式の教会は全て山を掘ったもので、石の国の

石を積む技術はすでに目の当たりにしているが、

石を掘る、彫る技術がまたすごい。

アーチも柱も祭壇もレリーフも全て山を掘って造った一枚

で繋がっている。

いくつかのスペースを見学するが、

やはり13世紀の地上の

教会よりずっと昔の洞窟型の方が新鮮な分見応えがあった。

僧侶達の生活は今も続いており、

伝統として今も毎朝裏山に上り祈りを捧げると言う。

ゲガルド(槍)修道院を持ってエレヴァン近郊巡りは終わり

街へ帰る。