休日のお昼すぎのことでした。
リビングで、
なんとなく、
コーヒーを飲んでいました。
ふと、
「なんだか、
最近ちょっと服が増えすぎたかもしれないな」
なんて思ったんです。
それで、
少し気合を入れて、
クローゼットの整理をしてみることにしました。
こういうのって、
やり始めると、
意外と止まらなくなったりするんですよね。
クローゼットの扉を全開にして、
まずは、
手前のほうにかかっている服から、
一枚ずつ、
チェックしていくことにしました。
「これは、
去年の秋に買ったコートだな」
「これは、
お友達とランチに行ったときに着たニットだったかな」
そんなふうに、
一枚の服を見るたびに、
当時の思い出が、
よみがえってきたりします。
人間って、
不思議なものです。
ただの布きれを見ているだけなのに、
そのときの情景や、
食べたもののことまで、
鮮明に思い出してしまうのです。
でも、
問題は、
ここからです。
手前のほうの服を、
一通り片付けたあと、
さらに奥のほうに、
手を伸ばしてみました。
普段は、
絶対に手が届かないような、
クローゼットの最奥部です。
そこには、
すっかり忘れていた、
古いダンボール箱が、
ひっそりと鎮座していました。
「あれ、
これはいったい、
なんだろう?」
そう思いながら、
そのダンボール箱を、
そっと手前に引き出してみました。
思った以上に、
ホコリがかぶっています。
私は、
少しだけためらいながらも、
そのダンボール箱のガムテープを、
ベリベリと剥がしてみました。
中は、
どうなっているのでしょうか。
開けてみると、
そこには、
何枚かの洋服が、
丁寧にたたんで入っていました。
「あ…」
私は、
思わず声を漏らしてしまいました。
それは、
なんと、
私が20代のころに買った服だったのです。
遠い昔の記憶が、
一気に、
頭の中を駆け巡りました。
あのころは、
こういう服が、
すごく流行っていたんです。
ちょっと派手な色使いだったり、
今から思うと、
「よくこれ着て歩いていたな」と、
赤面したくなるようなデザインだったりします。
私は、
恐る恐る、
その中の一枚を、
箱から取り出してみました。
それは、
鮮やかなピンク色の、
タートルネックのセーターでした。
当時、
お給料のほとんどを叩いて買った、
お気に入りのブランドのものだった気がします。
「これ、
まだ着られるのかな…」
ふと、
そんな疑問が頭をよぎりました。
いやいや、
さすがに20代のころの服なんて、
今の私が入るわけがありません。
体型だって、
あのころとは、
すっかり変わってしまっているのです。
いろいろな意味で、
今の私には、
絶対に無理なはずでした。
でも、
人間とは、
不思議な生き物です。
「もしかしたら、
意外とすんなり入っちゃったりして」
そんな、
謎の自信が、
心のどこからか、
湧いてきてしまったのです。
せっかくのお休みだし、
ちょっと、
試着でもしてみようかな。
そんな軽い気持ちで、
私はそのピンクのセーターを、
手に取ってみました。
ここで、
私の頭の中に、
ある不安がよぎります。
もし、
途中で腕が入らなくなったら、
どうしよう。
もし、
無理やり着たはいいものの、
二度と脱げなくなったら、
消防署のお世話になったりするのでしょうか。
そういうのって、
ニュースで見たことがあります。
服が抜けなくなって、
大騒ぎになる人。
まさか、
この歳になって、
そんなニュースの主役に、
なってしまうのではないか。
そんな、
どうでもいい恐怖心と戦いながら、
私は、
そのセーターに、
そっと袖を通してみることにしました。
まずは、
右腕です。
スルスルと、
腕が入っていきます。
あれ、
思った以上に、
スムーズです。
布地も、
意外と傷んでいません。
しっかりとした素材だったんですね。
次に、
左腕を通します。
こちらも、
問題なく入りました。
問題は、
ここからです。
頭を、
首元に通さなければなりません。
私は、
大きく息を吸い込みました。
「えいやっ」
ちょっと変な掛け声を出しながら、
頭をズボッと、
通してみたのです。
すると、
どうでしょう。
頭が、
スポッと、
外に出ました。
「あれ…?」
私は、
思わず、
自分の目を疑いました。
きつくないのです。
むしろ、
ちょうどいいくらいのフィット感です。
あれだけ心配していた、
「入らないかもしれない」という不安は、
一体どこへ行ったのでしょうか。
私は、
リビングの姿見の前に、
歩いていってみました。
鏡に映った自分を、
じっと見つめてみます。
そこには、
20代のころに買った服を、
完璧に着こなしている(つもりでいる)私の姿が、
ありました。
色は相変わらず派手です。
でも、
なぜか、
今の自分の肌の色に、
意外としっくりきている気がします。
「これ、
まだ普通に着られるぞ…」
私は、
なんだか、
ものすごく得をしたような気分になりました。
人間、
何歳になっても、
昔のものがそのまま使えたときというのは、
妙な嬉しさが込み上げてくるものです。
それは、
物質的な価値というよりも、
「自分の時間が、
あのころから少しも無駄になっていなかったような、
そんな不思議な肯定感」なのかなと思います。
もちろん、
体重計に乗ったら、
現実を突きつけられるのかもしれません。
でも、
今日は、
このピンクのセーターがすんなり着られたという、
その事実だけで、
十分すぎるほど幸せな気持ちになれました。
こういう小さな出来事って、
日常の中では、
本当にささやかなことかもしれません。
でも、
こういう瞬間があるから、
毎日の生活って、
ちょっと面白くなるんですよね。
みなさんは、
クローゼットの奥から、
昔の懐かしいものが出てきた経験は、
あるでしょうか。
こういうのって、
やっぱり、
面白いものですよね。
せっかくなので、
私はこのピンクのセーターを着たまま、
今日の夕食の買い出しに、
行ってみることにしました。
少し勇気がいりますが、
たまには、
こういう派手な格好をして歩くのも、
気分転換になっていいかもしれないな、
そう思った休日なのでした。
夕方の、
少し肌寒くなってきた空気の中を、
ピンクのセーターを着て歩き出すというのは、
思った以上に、
ドキドキするものです。
いつもなら、
ベージュや黒といった、
無難なコートを選んでしまうところですが、
今日はなんだか、
足取りまで軽くなるような気がします。
普段の自分とは、
ほんの少しだけ違う自分になったような、
そんな小さな高揚感を味わいながら、
近所のスーパーへと向かいました。
では、いったい、
人はなぜ、
こういう小さな変化を求めるのでしょうか。
問題は、
日々のルーティン、
つまり、
同じことの繰り返しにあるような気がします。
毎日の家事や仕事、
やらなければいけないことに追われていると、
時間はあっという間に過ぎていきます。
気がつけば、
一週間が終わり、
一ヶ月が過ぎ、
季節が変わっている。
そういう毎日の中で、
私たちは、
知らず知らずのうちに、
自分の気持ちに蓋をしてしまっているのかもしれません。
これは、
決して悪いことではありません。
むしろ、
平穏な日常を過ごすためには、
必要なことだとも言えます。
でも、
たまには、
そのルーティンの中に、
ちょっとした隙間風を吹かせてみる。
それが、
クローゼットの奥から見つけたセーターであったり、
いつもとは違う道を通ってみることだったりするのです。
こういうのって、
やっぱり、
大切なんじゃないかなと思います。
そういえば、
少し、話しは変わりますが、
この間、
近所に新しいパン屋さんができたんです。
白を基調とした、
こぢんまりとしたお店で、
前を通るたびに、
香ばしい匂いが漂ってくる場所でした。
気になりつつも、
なんとなく入りそびれていたのですが、
今日は、
そのパン屋さんにも、
寄ってみることにしました。
ピンクのセーターを着ているという、
ほんの小さな後押しがあったからかもしれません。
お店のドアを開けると、
カランコロンと、
可愛らしい音が鳴りました。
店内には、
こぢんまりとした空間いっぱいに、
ずらりと、
美味しそうなパンが並んでいます。
メロンパンに、
クロワッサン、
それから、
ずっしりとしたハード系のパンまで。
どれもこれも、
本当に美味しそうです。
こういうとき、
どれにしようか迷う時間というのが、
また格別だったりしますよね。
じっくりと棚を眺めていると、
店員さんが、
笑顔で声をかけてくれました。
「焼き立てのミルクフランス、
いかがですか?」
その言葉に、
思わず、
「じゃあ、それを一つお願いします」と、
答えてしまいました。
こういうのって、
なんだか嬉しいものです。
パンを受け取り、
外に出てから、
さっそく一口かじってみました。
外側のパンはサクッとしていて、
中のミルククリームは、
甘すぎず、
すっと溶けていくような優しい味がします。
思った以上に美味しくて、
思わず、
その場で小さくガッツポーズをしてしまいました。
こういう感動って、
本当にささやかなものです。
世界が平和になるとか、
人生観が変わるような大きな出来事ではありません。
でも、
お気に入りのセーターを着て、
新しいパン屋さんに入って、
美味しいパンに出会う。
それだけのことが、
こんなにも心を温かくしてくれるのです。
そう考えると、
私たちの幸せというのは、
案外、
足元に転がっているものなのかもしれません。
遠くのハワイに行かなくても、
高級なレストランでディナーを食べなくても、
日常のちょっとした工夫や、
心の持ちようで、
毎日はいくらでも楽しくできる。
つまり、
幸せとは、
大きな何かを手に入れることではなく、
今ここにある小さな喜びに気づくことなのかなと思います。
昔のピンクのセーターも、
新しいパン屋さんのミルクフランスも、
すべては、
日常に彩りを添えてくれる、
大切なスパイスのようなものです。
夕暮れの空が、
だんだんと茜色から、
濃い藍色へと変わっていく時間。
スーパーの袋を提げながら、
家路を歩く足取りは、
行きよりも、
ほんの少しだけ軽くなっているような気がします。
今日の夕食は、
何にしようかな。
買ってきたパンは、
明日の朝、
コーヒーと一緒に食べることにしよう。
そう想像するだけで、
明日を迎えるのが、
なんだか少し楽しみになってきます。
みなさんは、
今日の日常の中に、
どんな小さな楽しみを見つけたでしょうか。
こういう時間って、
やっぱり、
いいものですね。
また今度、
時間ができたら、
今度はどの道を通って歩こうかな。
そんなことを考えながら、
そろそろ、
我が家の玄関の灯りが見えてきたところです。
ガチャリと鍵を開けて家に入ると、
ふわりと、
部屋の空気が優しく迎えてくれます。
外の少し肌寒い風から、
一歩お部屋に戻ると、
なんだかホッとするんですよね。
こういう瞬間が、
私はとても好きだったりします。
手洗いと、
うがいをすませて、
買ってきた荷物をダイニングのテーブルの上にそっと置きます。
スーパーのビニール袋や、
パン屋さんの紙袋を一つずつ開けていく時間って、
小さな宝箱をあけているみたいで、
いくつになってもワクワクしてしまうから不思議です。
ミルクフランスは、
乾燥しないように、
ラップに包み直しておきましょう。
明日の朝の分のコーヒー豆の残量も、
ついでにチェックしておきます。
こうした、
なんてことのない日々の細かな作業も、
お出かけの余韻があると、
なぜかいつもより丁寧に行動できたりするものです。
そういえば、
玄関の鍵を閉めるときに、
ふと見上げたお隣の庭の木も、
すっかり葉が落ちて冬の気配になっていました。
季節は、
私たちが気づかないうちに、
少しずつ、
けれど確実に移り変わっているんですね。
忙しい毎日に追われていると、
そんな当たり前の変化さえ、
見過ごしてしまいがちになります。
でも、
ちょっとだけ歩くスピードを緩めてみたり、
いつもと違う道をわざわざ選んでみたりするだけで、
世界の色がパッと鮮やかになるような気がするのです。
それは、
大げさなことではありません。
ほんの少しの、
心のゆとり。
それだけで、
日常は、
もっと面白くなる。
今日の散歩は、
まさにそんなことを教えてくれたような気がします。
ソファに腰を下ろして、
コートを脱ぐと、
今日の歩数が気になってスマートフォンを取り出してみました。
画面を見てみると、
思った以上にたくさんの歩数が記録されていて、
思わず、
「わあ、結構歩いたんだな」
と声に出してしまいました。
どうりで、
足の裏が心地よく疲れているわけです。
この適度な疲労感も、
お出かけをしたあとの醍醐味の一つなのかもしれません。
何も予定のない休日も、
それはそれで最高ですが、
こうして目的もなくふらりと出かけてみる休日も、
やっぱり悪くないなと思います。
むしろ、
心のエネルギーがしっかりとチャージされたような、
そんな満ち足りた気持ちでいっぱいです。
お湯を沸かして、
温かいお茶でも淹れようかな。
せっかくなので、
おやつに小さなチョコレートでも一粒つまみながら、
今日買ってきた雑誌のページをめくってみるのもいいかもしれません。
次の休日は、
どこに行こうか。
今度は、
少し大きめの公園をのびのびと歩いてみるのもいいし、
ずっと気になっていた小さな雑貨屋さんを覗きにいってみるのも楽しそうです。
地図を広げているわけでもないのに、
頭の中ではすでに、
小さなお出かけの計画がふくらんでいきます。
こうして、
先の楽しみをそっと用意しておくこと。
それだけで、
今週もまた、
お仕事を頑張れそうな気がしてくるのです。
夕飯の支度を始めるまでの、
このほんのひとときの静かな時間。
部屋の中に響く冷蔵庫の小さな音さえも、
今はなんだか心地よく聞こえてきます。
みなさんは、
今日のこの静かな夕方に、
どんなことを感じているでしょうか。
きっとそれぞれの場所で、
それぞれの穏やかな時間を過ごしていることと思います。
また明日から、
それぞれの日常が始まりますが、
たまにはこんな風に、
自分の足で歩いて、
自分の目で小さな季節を見つけてみるのもいいのではないでしょうか。
そんなことを考えながら、
そろそろ立ち上がって、
エプロンをつけようと思います。
今日の夕食は何にしようかと考えつつ、
心の中ではすでに、
次の小さなお出かけへの期待が、
静かに膨らみ始めているのでした。