昔、雲の上に乗った事があった

思っていたメルヘンなど微塵もなかった

雲は綿菓子ではできていなかった。

水蒸気だった。
THE無味無臭だ。


可愛い兎みたいな淡い色の動物が案内してくれると思いきや、ガチガチの鬼が案内してくれた。

意外にも鬼らしくなく、ニコニコと案内された。

「ジブン意外にくるりとかも聴くんすよ」を20回は聞いた。



しかもその鬼は時々、なんとなくで雷を落とす。

決まって「なんでやろ今日なんか調子悪いっす」と言う

恥ずかしがりやがカラオケで歌を歌う時を思い出す。

でも確かに雲の上は暇だった。


する事がない。


この前UNOをしたが、強い風が吹いてドローフォーが南アフリカにスキップが上海に落ちた。

適当にそこでW杯と万博をやらせた。


それでも詰まらないからジェイカトラーにリバースを落としたら間違って岡本真夜に落ちた。なにも起こらない。



詰まらなすぎて大阪に帰ってきた。

もうすぐ梅雨だなあ。

収入はマタドールが500年かかっても稼げない金額になっていた。

そんな最中、サクラダファミィリア(昔コーヒーのcmでやってたやつ)の建設に携わる仕事を受け、俺は現場に向かっていた。


「なんてことだ…」

俺は目を疑った。
サクラダファミィリアは俺のイメージしていた物とはまるで違うものだった。

「これじゃあ、ベニスの港街にすらかないっこない…」

俺は噛んでいたバブリシャスを吐き捨て床に黒くなるまでクツで踏みつけた。

俺は失望した。俺の建築家としての夢はジェラート(分かりにくいけどサッカー選手のジェラードと)の様に溶けていってしまったのだ。


かの有名なドイツの詩人ゲーテはこんな言葉を残している。

喜びには悩みが、悩みには喜びがつきものである。


失望した俺は母親の母国である日本に向かった。





飽きました。おわり。

俺の人生は本当に順調だ。全く紆余曲折がない。

まずは生い立ち、イタリア人と日本人の間のハーフ。
イタリアの地方で産まれた。
身長は187cm
イタリアではスタンダードだ。
髪型は少しカールのかかった黒だ。
俺は気に入っている。

仲間とは良く馬鹿をした。
抱いた女と壊したアコースティックギターは数知れない。

そんな仲間達から伊達男である為のルールを叩き込まれた。

①レディーファースト厳守
女性を大事に扱うのは当たり前だ。地中海の様に広い心を持とう。

②男は守るべきモノがある時戦わないといけない。
これも男としては当たり前だ。人生にもバジルを。

③アレはでっかく。
言うことは無い。リトルシシリアよりビッグジェノベーゼだ。


ある時、サッカークラブのオーナーをしている父親からサッカーボールを渡された。

センスがあるのかどうか分からないが、19の時に3つのクラブチームからオファーが来た。

契約金は有名なマタドールが300年かかっても稼げない金額だ。


しかし、私はその全てを蹴った(これはもちろんサッカーとかかっている)

肉体の能力にはどうしても限界がある。
俺の思考は尊敬する紳士バッジョの域に達していた。

そうしてファンいやサッカー業界に別れを告げ、俺はヨーロッパの有名建築学校の門を叩いた。

もちろん首席で卒業した
そして『ポスト(これも言うまでもなくサッカーとかかっている)アントニオガウディ』と呼ばれる様になった…



イタリア編 おわり