イヌドシ -3ページ目

イヌドシ

人生の折り返し地点っていつだろう

学生だった時分、随分太宰治を読んだ。
何がきっかけだったかは、忘れたけど。
とにかくはまった。

太宰治の生家を見たくて、金木にも行った。
斜陽館と呼ばれる、その建物は今は記念館に
なっているようだが、
当時は旅館を営業していて宿泊できた。

もっとも僕は予約も入れずに行ったものだから
当日いきなりでは空き部屋はなかった。
斜陽館では記念に喫茶室でコーヒーを飲んで、
太宰治の研究本のような雑誌を何冊か買い込んだ。
宿はすぐ近くの金木温泉旅館というところ
に空きがあったのでそこに泊まった。
斜陽館の洒落た感じとは、だいぶ違っていたけど
宿の人はとても親切で、食事も美味く
気持ちの良い宿だった。

食事の時、栄養失調で倒れて宿に担ぎ込まれた
バイカーと一緒になった。
僕より二つ、三つ年上の彼は東京からバイクに
乗ってきて、しばらく北海道を旅していたらしい。
帰りがけに金木に寄って栄養失調で動けなく
なったそうだ。
「栄養失調になると、夏でも凍死することが
あるんだよ」
と彼はなぜか、少し得意気に言った。

僕はその夜、太宰治になった気分で
部屋に持ち込んだウイスキーを飲みながら
生まれて初めてラブレターを書いた。
当時はまだ未成年だったけど、
いまほど飲酒は厳しく問われなかった。

この手紙はウイスキーを飲んで酔った勢いで
思い立ったわけではなく、
旅行先のどこかから手紙を出そうと、
実は最初から決めていた。
旅行に出かけるときに、当時一方的に
好きだった女性の住所を手帳に書き留めていた。
それでも中々勇気が出なくて、
お酒の力を借りて、一気に手紙を書いた。
いま思い返すと、訳の分からない手紙になっていたと思う。

手紙を書き終えたときは大分遅い時間だったけど
宿の人に、ポストの場所を聞いて、
そのまま出しに行った。
明日の朝にしたらいいのにと
言われたけど、朝になってしまい
酔いが醒めると、もう手紙を出す勇気が
なくなってしまう気がした。
メールも携帯電話も無いころの思い出だ。

翌日は風の強い日で、津軽鉄道の車窓から
金色の稲穂が一斉に風に揺られて
波のように見えたのを強烈に覚えている。

旅行から帰って、しばらくは彼女から
なにか返事が来るのではないかと随分
落ち着かなかったが、結局返事が来ること
はなかった。

青空文庫で十数年ぶりに太宰治を読んでいたら
そんなことを思い出した。