2025年の山行を

振り返ってみた。



1番景色が良かったのは、

白馬山⛰️✨

映える写真も撮れた。



1番過酷だったのは、

常念岳から燕山荘の

北アルプス縦走。

雨と強風の悪天候登山⛰️


1番標高が高いのは、

台湾の最高峰、玉山。

富士山よりも高いとこに

初めて登頂した。


富士山🗻にも登った。


登山回数は、これまでの中で

1番多かったと思う。


赤岳も、景色と天気最高だった。

初めてヘルメット🪖利用。

アルピニスト風の写真が撮れた。




白馬山荘で早朝の
空のグラデーション
剱岳を臨んで。


白馬岳の1番好きな写真。



白馬岳の日記




登山には整体ショーツFIT



4人兄弟姉妹の中で唯一、

長男は中学受験をし、合格した。

そのまま普通に進めば、

中学、高校、大学と

エスカレーター式に

しかも六大学へ

進学出来る進路があった。


中学校で不登校になり、

イノチカラガラ高校へ進学出来て、

(幸いに勉強しなくても謎にテストの点数取れるキャラだったことと、ギリギリ出席日数を足らす事が出来た)

高校一年生の時の熱血体育会系担任の先生が

手厚くお声がけくださったお陰で

なんとか高校一年生を無事に修了した。


そして高校2年に上がり

担任の先生が変わると

また休みがちになり、一学期すら

ほぼ行けない状態となった。


これは担任の先生に由来することではなく

本人の問題なのだが。


そして高校一年生の先生が

いかに牽引してくれていたのか実感した。

あの先生にずっと担任でいてもらえてたら。。

妄想する事もあったが

それは甘え。

高一の担任がS先生でなければ、

中退はもっともっと

早かったのだろう。

S先生本当にありがとうございました。



そして本題に戻ります。


中学受験までして

入った、六大学までつながる道を

子どもが踏み外すとしたら、

どうですか?


私は我が子の心情よりも

「なんて勿体無いことを!」

と言う親のエゴ的な感情が

が随分と長い期間、

先に来てしまっていた。


どうにか規定範囲内に

やることやって、進もうよ!


ある意味強引に力づくで

現状維持をしようと抵抗した。


長男の想いを理解しようと

努めても、性格真逆だし

理解不能で、あの時は苦しい時代だった。


子どもの人生は子どものもの。

親の期待なんて

ただのエゴ。


子ども本人の人生を

尊重し、全身全霊で信じてあげる。


書けば簡単だけど、

なかなかに出来なかった。


拗らせてしまって

ごめんね。


そして、自分の人生を今、

自分の意思で、

自分の足で

歩み始めている

長男に応援ビーム

送り続けます。





はくだけで骨盤立つ整体ショーツ✨



先日の登山の帰り道、

一人暮らしをしている次男坊の家の

近くを通りかかるってことで、

「今晩空いてる?夕飯一緒に食べない?」

と誘ってみたら、

すぐに


「いいよ」



意外と暇人なのか?

たまたま暇だったのか?


「何を食べたい?」て

聞いたら、

「君のハンバーグを食べたい」

と返事が来て。


え、私のこと「君」呼ばわりした?

手作りハンバーグが食べたいの?

とか色々ハテナ❓❓

だったが


もしや


と思い検索してみたらあった。

君のハンバーグを食べたい



ここのことかぁ。



て言う事でハンバーグを

食べに行った。

美味かった。



息子2人と夕飯一緒に

食べれて幸せな時間でした照れ





はくだけで骨盤立つ、整体ショーツ