O2Oという言葉をご存じでしょうか?


オンライン・トゥ・オフラインの略です。


ECの台頭で、流通やショッピングの形が変わってきたとはいえ、ECの占める割合は消費の2.5%。


まだまだ実店舗、つまりオフラインでの購入が主流。


とはいえネットが実店舗に与えた影響は少なくなく、ネット経由でお客さんに告知し実店舗に足を運んでもらうことがO2O。


グルーポンなどがその例です。


当社のジェラートショップのシンチェリータもTwitterで店の公式アカウント「@sincerita0311」や職人中井のアカウント「@gelato_nakai」をみて来店してくださる方は多いです。


O2Oはテクニックというより、まず一番にくるのが”熱意”だと思います。


接客テクニックが洗練されたお店に、真心で接客するお店が勝るように。


ECとO2OとSNSが生活の一部になってくることは間違いないでしょう。


生活者に支持されているということはECとO2OとSNSとそれを取り巻く環境がビジネスに密接にかかわってくることでしょう。


これは写真うつりは悪いですが先日小樽で買った徳利と御猪口。
$夢を現実へ!広告代理店社長のブログ ~日本と中国の架け橋になるまで~


これは富良野で買ったラベンダーのアロマオイル。
$夢を現実へ!広告代理店社長のブログ ~日本と中国の架け橋になるまで~

どちらもECだったら買ってないかもしれません。やっぱり実物は大切ですね。


ECはその穴を埋めるのがミッションでしょう。


なんかアップ未来が楽しみですね
気持ちのいい盆休み明けです。


これから会議です。


先週達成者は2名。今週は何名か楽しみです。


今の世の中主観でいいので、何が足りないか?何を変えたいか?何を加えたいか?


そして自分がそれを変えていくことにどれだけ参加できるか?


死ぬまでにどれだけの爪痕を残せるか?


時間があったら考えるようにしています。


理想の世の中の映像は、なかなか細部まで描けません。


お盆休み中、孫さんやザッカーバーグさんの本を読みました。


孫さんは完ぺきな30年のビジョンを数十本一年で考えて、一番自分が使命感を感じる情報革命に突きすすみ達成し続けています。


その30年ビジョンはものすごく緻密で細部にわたって具体的で、数十本全てがそのまま事業として使えるものだと言います。


ザッカーバーグさんは自らの利益に興味はなく「世の中を変えて天下をとる」といった野心と同時に、成功に対する懐疑心も持ち合わせてました。


成功できない理由を具体的に挙げて、それをつぶしていってビジョンを実現化していったそうです。


いずれにせよ、世界レベルのビジョンが映像で細部まで再現されていて、それに向かって突進している感じです。


ビジョンの映像化をする。しかも細部までそして世界中というスケールで行わなければならない。


疲れるけど楽しくて力がわく作業です。


$夢を現実へ!広告代理店社長のブログ ~日本と中国の架け橋になるまで~-未設定

今週の映像を描いていきますアップ
昨日は函館を満喫しました。


まず起きたら早朝から朝市に行き朝食、
photo:01



その後、旧イギリス大使館でお茶をし、
photo:02



photo:03



綺麗な街中を散策し、
photo:04



旧区公会堂で明治時代のコスプレしw(コスプレ写真は機会があったら)、
photo:05



色んな協会を回り、
photo:06



photo:07



街の景色を見て、
photo:08



photo:09



中華会館に行き、
photo:10



函館のグルメを堪能し、
photo:11



photo:12



赤れんが倉庫群を散策し、
photo:13



photo:14



クルージングし、
photo:15



地元で有名なラッキーピエロのハンバーガーを堪能し、
photo:16



ヘトヘトになって東京に帰って来ました。


充電完了!明日からまた頑張りますアップ
昨日は午前中、小樽に行きました。

タイトなスケジュールな為、滞在時間は一時間。


オルゴール館に行き、
photo:01



銀の鐘という好きなカップを買って美味しいコーヒーを飲む喫茶店に行き、
photo:02



ガラスなど買い物をして出発。

移動中は蝦夷富士や
photo:03



生まれて初めて見るあたり一面のひまわり畑、
photo:04



を見て函館に。

まずは五稜郭タワー、
photo:05



タワーに上がって五芒星が視界に入った瞬間鳥肌が立ちました。

新しい時代を作った坂本龍馬が僕は大好きですが、純粋武人の土方歳三のまっすぐな生き方も嫌いではありません。

なにわともあれ、ここで大きな時代の終止符が打たれた事に想いを馳せました。

その後は美味しい函館の味を堪能し、世界三大夜景を見に函館山に、
photo:06



始めて見ましたが、絶句です。

写真の100倍すごいです。見たことない人は実物見てください。

今日は函館散策しますアップ
一昨日から北海道に来ています。


昨日、ファーム富田というラベンダー中心のとても綺麗な花畑に行きました。
photo:01



ラベンダーは七月に最盛期をむかえ、今はほとんどが刈り取られてました。

一部は残ってましたが、本当はもっと綺麗だそうです。
photo:02




このファーム富田でラベンダー栽培が始まったのは、昭和20年代で今の農園主はラベンダー栽培の三代目だそうです。


昭和20年代当時の初代ラベンダー栽培を始めた富田さんは、農家をしょうがなく継いだそうです。

しかし、男が一生かけてやる仕事だから、やりがいがある事をしたいとラベンダー栽培を希望しましたが、「貧しい日本の為に食べ物を作るのが農家の役割」と父に猛反対を受けますが、情熱は止まず何とか父の説得に成功します。


そして、ラベンダー栽培を始めます。ラベンダーは主に化粧品の原料として需要があり、最盛期は道内で500ヘクタール位の面積の畑があったそうです。

ラベンダー栽培を始めると同時に、娘さんも授かった富田さんはラベンダー栽培に勤しみます。


ところが昭和40から50年代に安いラベンダーオイルや合成香料の台頭で国産ラベンダー畑は次々と廃業に追いやられます。


富田さんは少しだけ作っていた米や野菜で繋いで最後のラベンダー栽培農家になりました。


しかし、生活は厳しく背に腹は変えられないと、辞める決意をします。


畑を掘り返そうと農機をラベンダー畑に乗り入れた時、ラベンダーの泣き声が聞こえて来たそうです。


娘と同じ歳を迎えるラベンダーたちは、もはや娘も同然。結局畑に鍬を入れる事は出来ませんでした。

それを見ていた家族は「お父さん、あと一年だけ頑張ろうよ」と言いました。

この一年が富田さんの運命を変えます。


近くを走っていた電車の車窓から富田さんのラベンダー畑を見た旅行者から始まり、有名なカメラマンの目に留まり、国鉄のポスターになって全国の駅に飾られる事になった富田さんのラベンダー畑は、全国から旅行者が押し寄せるようになりました。


中には片道8キロも歩いてくる方もいたそうです。

そして今は、ファーム富田として観光スポットになり、アロマオイルも生成し海外で賞を得て、富田さん自身もラベンダーナイトの称号をフランスからもらい大成功を収めました。


ラベンダーにかける情熱によるあと一年が運命を変えました。


とても良い学びが出来ました。


もちろん受賞したラベンダーオイル始め色んな物を買いました(^^)


他にも旭山動物園や
photo:03



photo:04



photo:05



photo:06




パッチワークの畑のケンとメリーノ木、
photo:07



photo:08



など旭川と富良野を満喫ニコニコ


今日は小樽から函館に向かいますアップ