中学生、高校生の頃。
年末の楽しみといえば、テレビよりも、何よりも――FMラジオだった。
特に待ち遠しかったのが、FMで放送される
Billboard年間チャート特番。
3時間、時には4時間超え。
その年にアメリカで鳴り響いたヒット曲たちが、順位順に淡々と、しかし誠実に流れていく。
ナビゲーターは多くを語らない。
必要最低限の言葉で、その年のアーティストの活躍を要約する。
余計な感想は挟まない。
そしてすぐに曲がかかる。
しかも――フルコーラスで。
今思えば、なんと贅沢な放送だったのだろう。
当然のように、聴きながら録音をしていた。
カセットテープを何本も横に並べ、
A面の残り時間を睨みながら、B面への切り替えのタイミングを計る。
ナレーションが入る。
ここで替えるか、もう少し粘るか。
でもテープは、できる限りギリまで回したい。
その結果、
曲のエンディングがフェードアウト途中で切れていたり、
B面の頭にナビの声がほんの一瞬入り込んだりする。
当時は悔しかったはずなのに、
今となっては、その“失敗”すら愛おしい。
そして、年が明ける。
正月の静かな時間に、
今度はそのテープから曲だけを選んでダビングする作業が始まる。
ナビの声を飛ばし、
余計な部分を消し、
ヒット曲だけを並べ替えて、もう一本の“自分用年間ベスト”を作る。
不思議なことに、
あれだけ年末に聴き込んだはずなのに、
ダビングしながら聴くと、また違って聞こえる。
この曲、やっぱり強いな。
この曲は、あの年の空気そのものだ。
そんなことを思いながら、指先で再生と停止を繰り返す。
今は、ワンクリックで年間ヒットを再生できる時代だ。
便利だし、文句はない。
でも、あの頃のように
聴いて、録って、並べ替えて、もう一度聴く
そんな回り道は、もう必要とされていない。
けれど、その回り道こそが、
音楽を自分の中に染み込ませていた時間だったのだと思う。
寒い部屋。
正月の静けさ。
カセットの回転音と、少しだけ未来の匂い。
年の始まりに、
去年の音楽をもう一度確かめていたあの時間は、
今でも、心のどこかで静かに回り続けている。



難解作も名作も身銭を切ったから今なお愛すべきアルバムたちである


理解に苦しみ、期待を裏切ったアルバムたち


■ The Final Cut
アーティスト:Pink Floyd
難解アルバムの筆頭に挙げざるを得ない一枚。
ロジャー・ウォーターズの個人的な内省、戦争観、政治批評が全面に押し出され、音楽というより“朗読を伴うコンセプト作品”として成立している。
前作『The Wall』の延長線上にある作品でありながら、ギルモア色の後退、バンドとしてのダイナミズムの喪失が、聴き手の身体感覚との距離を生んでいる。
理解はできる。だが、納得できない。
聴くたびに「わからなさ」が更新される、稀有なアルバムだ。



■ Secret Messages
アーティスト:Electric Light Orchestra
がっかり度という意味では、記憶に深く刻まれた一枚。
無意識のうちに期待していたのは、
Olivia Newton-Johnとのコラボ路線に象徴される、あの洗練されたポップ感覚だった。
しかし実際には、コンセプト過多で散漫な印象が残り、メロディの即効性も弱い。
作品自体が悪いというより、期待値との乖離が大きすぎた。
情報も試聴も乏しい時代ならではの、“買ってから知る現実”が、そのまま刻印されたアルバムでもある。



■ The Firm
アーティスト:The Firm
(Paul Rodgers × Jimmy Page)
名前だけで、期待しないほうが無理な組み合わせ。
だが実際の内容は、想像を超えてこなかった。
これは失敗作というより、
「スーパーバンド」という言葉の幻想を初めて突きつけられた体験だった。
過去の栄光と、現在進行形の音楽は必ずしも一致しない。
その現実を、静かに教えてくれた一枚でもある。




時代を超えて信頼できる「捨て曲なし」の名盤

■ An Innocent Man
アーティスト:Billy Joel
オールディーズへの愛情を、単なる懐古に終わらせず、
現代的なポップスとして完全に昇華した奇跡の一枚。
曲順、曲調、完成度、どこを切っても隙がない。
ビリー・ジョエルのキャリアにおいて、
そして80年代ポップス全体を見渡しても、
最高傑作と断言できる完成度だ。



■ Chicago 17
アーティスト:Chicago
前作『Chicago 16』が「Hard to Say I’m Sorry」という強烈な一曲に引っ張られたのに対し、
本作はアルバムとしての均整美が際立つ。
デヴィッド・フォスター体制下での完成形とも言える内容で、
バンドの方向性と商業性、演奏力が高次元で融合している。
これは疑いようのない、シカゴの名盤だ。



■ Thriller
アーティスト:Michael Jackson
プロデューサー:Quincy Jones
『Off the Wall』で築いた基盤を、
ポップスとしての完成度という一点において極限まで研ぎ澄ました作品。
ファンク色を抑え、ジャンルを横断し、
「世界共通言語としてのポップス」を完成させた瞬間。
ここで初めて、
“キング・オブ・ポップス”という称号が現実になった。



結びに
期待を裏切られたアルバムも、
今なお理解できない作品も、
何十年経っても色褪せない名盤も──
それらすべてをひっくるめて、
あの時代の音楽体験そのものだったのだと思う。
「名盤」だけを集めた記憶より、
戸惑い、失望し、考え込んだアルバムの記憶のほうが、
むしろ深く残っている。
それこそが、音楽と本気で向き合っていた証なのかもしれない。
2025年、偉大なアーティストたちが相次いで天に召された。

ブライアン・ウィルソン、オジー・オズボーン、スライ・ストーン──。

彼らは単なるスターではなく、私の音楽観そのものに深い敬愛と啓示を与えてくれた、かけがえのないミュージシャンたちだった。
思えば、音楽の原点はビートルズ。
そして本格的に洋楽を聴き始めたのは、80年代初頭だった。

あの時代は、今では考えられないほど良質なアルバムが、まるで当たり前のように毎月リリースされていた。
ネットのない時代、情報源はラジオがすべてだった。

ラジオ情報誌を読み込み、最新作から名盤までを把握し、深夜の音楽番組をくまなくチェックする。
そして、限られた小遣いの中から「これだ」と思う一枚を、月に一度だけ選ぶ。
すべてが自己責任の買い物だから、たとえ多少の誤算があったとしても、そのアルバムと向き合い、聴き込むしかない。

だからこそ、ライナーノーツも隅々まで読み込んだ。
そこに込められたアーティストの意図や背景を汲み取ろうとする行為そのものが、「音楽を聴く」という体験だったのだと思う。

そして、自分の中で“当たり”を引いたときの喜びは、今でもはっきり覚えている。
何十年経っても、その一枚は人生のベストアルバムとして刻まれ続けている。
サブスク時代の今では味わえないワクワク感があの時代にはあった気がする。

自分が年を重ねるのと同じように、憧れのアーティストたちもまた年を重ねていく。
それは避けられない自然の摂理だ。
2026年も、きっと多くの別れがあるだろう。
それでも同じくらい、新しい音楽、新しい出会いがある年であってほしい。
そう願いながら、これからも音楽と向き合っていきたい。