今回、ジェイソン・ステイサム主演の『ワーキングマン』をアマプラで視聴した。
結論から言うと、「スカッと爽やかB級アクション」。まさにそんな一本だった。



物語はシンプルだ。元傭兵の男が、知人の娘を救うためにロシアンマフィアと対峙する。銃はバンバン撃つし、敵は容赦なく排除していく。テンポも良く、アクションも見やすい。観ている間は退屈しないし、むしろ気持ちいいくらいだ。

ただ、見終わった後に残るのは「軽さ」。
悪い意味ではなく、どこか物足りない感覚がある。

なぜだろうか。

まず大きいのは、主人公が最初から“完成されている”ことだ。
いわゆる無敵の元傭兵で、戦闘能力はほぼ最強。ピンチになっても「どうせ勝つ」という安心感が先に来る。だからハラハラする場面が少ない。

例えば『ランボー』や『ダイ・ハード』のような作品では、主人公はボロボロになりながら戦う。追い詰められ、限界の中で選択を迫られる。だからこそ観ている側も感情移入し、「頑張れ」と思える。

一方でステイサム作品は、“処理能力”の高さを見せる映画だ。
敵をどう倒すか、どれだけスマートに片付けるか。そこに重点が置かれている分、ドラマとしての深みはやや薄く感じてしまう。

さらに、ストーリー自体も王道テンプレートだ。
娘を救う、マフィアと対決、元傭兵が無双する。安心して観られる反面、驚きや重厚さには欠ける。テーマも比較的シンプルで、鑑賞後に余韻が残るタイプではない。

とはいえ、これは欠点だけではない。
むしろ「疲れている時にちょうどいい映画」と言える。頭を使わず、ストレスもなく、ただ強い男がすべてを片付けてくれる。その快感は確かにある。

では、なぜ自分はステイサムの単独主演作にハマりきれないのか。

答えは『ワイルド・スピード/スーパーコンボ』にあった。

この作品では、ステイサムは単なる無敵キャラではない。ドウェイン・ジョンソン演じるホブスと対立し、ぶつかり合いながら共闘していく。価値観の違い、やり方の違い、そして絶え間ない口喧嘩。この“対比”が、キャラクターに厚みを与えている。

つまりステイサムは、単独で物語を背負うというよりも、他者との関係性の中で輝くタイプの俳優なのかもしれない。
主役になると「完成された存在」になり、コンビやチームの中では「変化するキャラクター」になる。

ワイスピやエクスペンダブルズは彼の魅力を最大限に出している映画だと思う。

この違いが、作品の面白さに大きく影響しているのだろう。

『ワーキングマン』は間違いなく楽しめる一本だ。
ただし、それは“深く刺さる映画”ではなく、“気持ちよく消費する映画”。

そういう意味では、非常に正しいB級アクションなのかもしれない。



ショート動画を見ていたら、懐かしいCMが流れてきた。

藤谷美和子のあの有名なフレーズ。
「100円でポテチは買えますが、ポテチで100円は買えません!」



思わず笑ってしまった。
あの頃は、ポテトチップスは90gで100円。しかも消費税なし。
純粋に“100円の満足”が成立していた時代だった。

それに比べて今はどうだろう。
内容量はだいたい50〜60g。
値段は100円前後、あるいはそれ以上。

気づけば、半分くらいになっている。


でも、ここでふと思った。
もし今、当時と同じ90gのポテチを渡されたらどう感じるだろうか。

たぶん最初に出てくる感想は、
「多いな…」だと思う。

結局、人は慣れる。
今の量に慣れてしまえば、それが“普通”になる。
逆に増えると、違和感になる。

つまり、ポテチが減ったというより、
自分の基準が変わったとも言える。

面白いのは、これが無意識で起きていることだ。
少しずつ減っていく中で、
「こんなもんか」と受け入れてしまう。

これがもし、いきなり半分になっていたら大騒ぎだろう。
でも、ゆっくり変わると人は気づかない。

静かな変化って、こういうことなんだと思う。

板チョコのように値段が上がるパターンもある。
ポテチのように量が減るパターンもある。

どっちがいいのかは正直わからない。

ただひとつ言えるのは、
昔のポテチは「1袋で完結する満足感」があったということ。

今はどちらかというと、
「ちょっとつまむための軽い存在」になっている。

それが時代なのか、戦略なのか、
あるいは自分の感覚の変化なのか。

久しぶりに、ズシっと重たいポテチを食べてみたくなった。
あの“袋の重さ”も含めて、ひとつの体験だった気がする。



FULL METAL JAPAN 2026のラインナップを見ていて、ふと手が止まった。
マイケル・シェンカー・グループが出演するらしい。



名前を見た瞬間、「おっ」と思う自分も確かにいた。
でも、その気持ちはすぐに静かに引いていった。

あれ?
今回はマッコーリー・シェンカー・グループじゃないのか。
ボーカルはロビン・マッコーリー。

もちろん、それが悪いわけじゃない。
むしろ安定したいいボーカルだと思う。

ただ、なぜだろう。
どうしても“観たい”という衝動にはならなかった。

最近、こういうことが増えてきた気がする。
往年のベテランバンドの来日情報を見ても、昔みたいにワクワクしない。



「死ぬまでに一度は観ておきたい」
そんな感覚も、今の自分にはあまりない。

そして――問題はここからだ。

チケット代。
SS席で28,000円。S席でも23,000円。

……いや、ちょっと待ってくれ。

2万オーバーが“普通の顔”して並んでるの、どういう世界だよと思う。

昔の感覚で言えば、
「1万円ちょっとで高いな」って言ってたはずなのに、
今はその倍がスタートライン。

気づいたら、ライブが“気軽に行くもの”から
“覚悟を決めて行くもの”に変わってる。

ここにさらに、飛行機代と宿泊費が乗る。
札幌から行くとなると、軽く10万円コース。

もうライブじゃない。
ほぼ旅行だし、なんなら小さなイベント付きのパッケージツアーだ。

もちろん、それだけの価値を感じる人もいるだろうし、
それを否定するつもりはまったくない。

でも、自分の中では明確にラインを越えてきた感じがある。

「この金額を払ってまで観たいか?」

そう聞かれたときに、今回は迷いなくNOだった。

でも、ひとつだけ思ったことがある。

もし、これがドゥギー・ホワイトだったら――

たぶん、もう少し心は揺れていたと思う。

理由はうまく説明できないけど、
あの人の歌には“今”がある気がする。

ただ上手いとか、安定しているとかじゃなくて、
ライブで聴いてみたいと思わせる何かがある。

結局のところ、名前でも歴史でもなくて、
今の自分に刺さるかどうか。

それだけなんだろう。

昔好きだったバンドでも、
今の自分に響かなければ動かない。

逆に、そこが少しでも引っかかれば、
きっと迷わず動くんだと思う。

音楽の聴き方が変わったのか、
それとも自分が変わったのか。

まあ、たぶん両方なんだろう。
でも構成は歴代の名曲が並ぶらしいから盛り上がるだろうね。