冬の北海道では、当たり前に存在しているはずのものが、突然「使えなくなる」。

それが、自動販売機だ。

先日、除雪を終えて  
「よし、ガラナでも飲むか」  
と何気なく外に出た。

※ガラナとは、北海道では定番のご当地炭酸飲料。  
道民にとってはコーラと並ぶ、いやそれ以上に身近な存在だ。

ところが、目の前の光景に思わず笑ってしまった。

自販機が、雪に完全に埋もれていた。





上には分厚い雪帽子。  
下は腰どころか胸の高さまで雪。  
商品は中でしっかり並んでいるのに、取り出し口だけが完全封鎖。

ある。  
確実に、飲み物はある。  
でも、買えない。

これが北海道の冬だ。

自販機は壊れているわけじゃない。  
電気も入っている。  
中では飲み物がきちんと温められ、冷やされ、静かにスタンバイしている。

ただ、人間がアクセスできないだけ。

しかも皮肉なのは、  
その間も電気代だけは律儀に消費され続けていること。

誰にも買われないのに、  
誰にも感謝されないのに、  
自販機は黙々と仕事をしている。

この健気さが、雪国らしくてちょっと愛おしい。

結局、その日は自販機を諦めてコンビニへ行った。
24時間空いてるコンビニのありがたさを実感しました。

北海道の自販機は、  
時に埋もれ、  
時に沈黙し、  
それでも春になれば何事もなかったように復活する。

雪解けの日に、  
あの自販機でガラナを買うのも、  
それはそれでちょっとした季節のイベントだ。

北海道の生活は、  
便利さと不便さが同居している。

そして、その不便さを  
「まあ、こんなもんだよな」  
と受け入れてしまう感覚も、  
もう立派な道民の証なのかもしれない。
中学2年のある日の午後。
FMラジオから流れてきた一曲が、僕の音楽人生を決定的に変えた。

その曲の名は「Armed and Ready」。
The Michael Schenker Group──MSGだ。

それまでの僕は、アメリカンチャートのPOP/ROCKを中心に聴いていた。
心地よくて、洗練されていて、ラジオから流れてくる“正解”の音楽。
でも、あのイントロは違った。

まるで異世界からの信号。
一音目で空気が変わり、次の瞬間、完全に心を持っていかれた。
そしてイントロのあと、あの声が飛び込んでくる。

"Uhhh-yeahhh!!"

ゲイリー・バーデンの、少し暑苦しいほどのシャウト。
理屈じゃない。説明もいらない。
「これはヤバい」と、中学生の直感が全力で警告を鳴らしていた。

数日後、年に数回しか行けないデパートのレコード店へ向かった。
当時の候補は、REOスピードワゴンの『Hi Infidelity』か、
ホール&オーツの『Voices』。
どちらもFMで聴き込んだ、安心と信頼の一枚だった。

その棚で、僕は“それ”を見つけてしまう。

The Michael Schenker Group。



診察台のような椅子に縛りつけられた、上半身裸の男。
頭上には無機質な手術灯。
医療なのか、処刑なのか、実験なのかすら分からない。
それまで手にしてきたレコードとは、あまりにも違う世界だった。

少し怖い。
でも、目が離せない。

しかも、あの「Armed and Ready」が収録されている。
中学生の小遣いでアルバムを1枚選ぶというのは、
今思えば清水の舞台から飛び降りるような決断だった。

REOか、ホール&オーツか。
それとも、この“得体の知れない一枚”か。

もう、心は決まっていた。
僕はMSGを手に取り、レジへ向かった。

一緒に来ていた母が、少し困ったように笑って言った。
「そんなレコード買うの?」

そう。
これは大人には理解できないレコード。
でも、僕にとっては“選ばれた音”だった。

家に帰り、ターンテーブルに針を落とす。
静かに回る盤。
そして、スピーカーから流れ出す、あのイントロ。

Armed and Ready。

間髪入れずに、あの声。

"Uhhh-yeahhh!!"

間違いなかった。
あの日、僕はギターの神と出会った。

それから数年後。
1984年1月17日。
北海道厚生年金会館に、マイケル・シェンカー・グループがやって来た。



高校2年生の冬休み。
それまで行ったコンサートといえば、
中森明菜と松本伊代だけ。
ロックのライヴは、これが初めてだった。

新聞のライブ欄を見て、
平日の昼間しか受け付けていない電話予約を、母に頼んだ。
バイトもない時期で、なけなしの貯金箱を開けてチケット代を渡した。

地元から札幌までは電車で約5時間。
携帯電話のない時代、札幌駅での待ち合わせはそれだけで冒険だった。

途中、苫小牧駅で生まれて初めてセブンイレブンに入り、
レンジで温める弁当を食べた。
それすら、今もはっきり覚えている。

会場に集まる人たちは、全員がバンドマンに見えた。
何度もチケットを確認し、
「自分の席にちゃんと座れるか」だけを気にして一目散に席へ向かった。

右隣にはロッカー風の集団。
左隣にはMSGのタオルを持った大人の女性二人。
ステージにはマーシャルのアンプが何台も積み上げられ、
初めて嗅ぐ機械と熱の匂いに、身体が痺れた。

ギターの単音が鳴った。
今ならPAチェックだと分かる。
でもその“音楽でもない音”に、会場全体がどっと沸いた。

暗転。

そして始まった「Captain Nemo」。

アルバムとは違う、ライヴ仕様の入り。
そこからの記憶は、正直ほとんどない。

叫んで、歌って、手を上げて。
恥ずかしさも緊張も消えていた。

気がついたら、終わっていた。
覚えているのは、オープニングの「Captain Nemo」と
「Rock My Nights Away」まで。



それでも、確実に言える。
あの場所に、確かに自分はいた。

放心状態で会場を出ると、
車の窓から自分の名前を呼ぶ声がした。
親戚の兄さんだった。

「どうだった?」
「ほとんど覚えてないけど、すごかった」

すると兄さんが聞いた。
「マイケル・ジャクソン、やっぱり凄いか?」

思わず笑って答えた。
「マイケル・ジャクソンじゃないよ。
マイケル・シェンカーだよ。」

あのライヴのあと、
生まれて初めて「将来の夢」ができた。

演奏する側ではなく、
ライヴに関わる仕事がしたいと思った。

高校卒業後、音響の専門学校へ進み、
音響会社でのバイト、映像制作会社、
ディスコの音響オペレーター。

今はまったく違う仕事をしている。
それでも、18歳から30歳まで、
音楽の現場に関われた時間は、今も誇りだ。

その後、エアロスミスも、
ローリング・ストーンズも観た。
どれも圧倒的で、今も細かく覚えている。

でも、あのMSGの夜だけは違う。
記憶は曖昧なのに、
人生の原点としてだけは、はっきり残っている。

それから何十年も経った今、
マイケル・シェンカーは来日50年を迎え、
日本武道館のステージに立っている。



時間は、ちゃんと繋がっている。
中学2年のあの午後から、
高校2年のあの冬、
そして、今の自分まで。

ロックは、青春の思い出で終わらない。
本物は、何度でも人生に戻ってくる。

他人の人生と比べるつもりはない。
でも、こうして振り返れる原点があり、
一本の線として語れる自分の人生は、
きっといい人生なんだと思う。

あの日、撃ち抜かれたイントロは、
今も変わらず、心のどこかで鳴り続けている。



久しぶりに、これは本気の大雪でした。
気がつけば積雪は1m目前。札幌でも数年ぶりのレベルだそうです。

休みの日ということもあって油断していたのですが、朝カーテンを開けて一気に現実に引き戻されました。
「これは、今日中にやらないと後が地獄になるやつだな」と。





結果的に、この日の除雪は2回。
朝に一発、そして暗くなる前にもう一発。
正直、体力的にはきつかったですが、朝の段階でやっておいた判断は完全に正解でした。

駐車場の雪はなんとかどかしましたが、問題はその先。
生活道路はほぼ未除雪で、右も左も行けそうにない状態。
少しでもハンドルを取られたら、そのままスタック確定です。
この状況で車を動かすのは、メリットが一つもありません。





久しぶりの1m級の雪になると、
・除雪の順番
・雪の捨て場の限界
・生活道路の後回し
そういったものが一気に表に出てきます。

「今日は車を動かさない」
これも立派な雪国の判断だと思います。

幸い、雪質は軽め。
ニセコのパウダースノーが羨ましくなる一方で、生活となると話は別ですね。

除雪車が入るまでは無理をしない。
体力も車も温存する。
今回はそれに尽きます。

とりあえず、やるべきことはやった。
あとは静かに除雪が入るのを待つだけです。