中学2年のある日の午後。
FMラジオから流れてきた一曲が、僕の音楽人生を決定的に変えた。
その曲の名は「Armed and Ready」。
The Michael Schenker Group──MSGだ。
それまでの僕は、アメリカンチャートのPOP/ROCKを中心に聴いていた。
心地よくて、洗練されていて、ラジオから流れてくる“正解”の音楽。
でも、あのイントロは違った。
まるで異世界からの信号。
一音目で空気が変わり、次の瞬間、完全に心を持っていかれた。
そしてイントロのあと、あの声が飛び込んでくる。
"Uhhh-yeahhh!!"
ゲイリー・バーデンの、少し暑苦しいほどのシャウト。
理屈じゃない。説明もいらない。
「これはヤバい」と、中学生の直感が全力で警告を鳴らしていた。
数日後、年に数回しか行けないデパートのレコード店へ向かった。
当時の候補は、REOスピードワゴンの『Hi Infidelity』か、
ホール&オーツの『Voices』。
どちらもFMで聴き込んだ、安心と信頼の一枚だった。
その棚で、僕は“それ”を見つけてしまう。
The Michael Schenker Group。
診察台のような椅子に縛りつけられた、上半身裸の男。
頭上には無機質な手術灯。
医療なのか、処刑なのか、実験なのかすら分からない。
それまで手にしてきたレコードとは、あまりにも違う世界だった。
少し怖い。
でも、目が離せない。
しかも、あの「Armed and Ready」が収録されている。
中学生の小遣いでアルバムを1枚選ぶというのは、
今思えば清水の舞台から飛び降りるような決断だった。
REOか、ホール&オーツか。
それとも、この“得体の知れない一枚”か。
もう、心は決まっていた。
僕はMSGを手に取り、レジへ向かった。
一緒に来ていた母が、少し困ったように笑って言った。
「そんなレコード買うの?」
そう。
これは大人には理解できないレコード。
でも、僕にとっては“選ばれた音”だった。
家に帰り、ターンテーブルに針を落とす。
静かに回る盤。
そして、スピーカーから流れ出す、あのイントロ。
Armed and Ready。
間髪入れずに、あの声。
"Uhhh-yeahhh!!"
間違いなかった。
あの日、僕はギターの神と出会った。
それから数年後。
1984年1月17日。
北海道厚生年金会館に、マイケル・シェンカー・グループがやって来た。
高校2年生の冬休み。
それまで行ったコンサートといえば、
中森明菜と松本伊代だけ。
ロックのライヴは、これが初めてだった。
新聞のライブ欄を見て、
平日の昼間しか受け付けていない電話予約を、母に頼んだ。
バイトもない時期で、なけなしの貯金箱を開けてチケット代を渡した。
地元から札幌までは電車で約5時間。
携帯電話のない時代、札幌駅での待ち合わせはそれだけで冒険だった。
途中、苫小牧駅で生まれて初めてセブンイレブンに入り、
レンジで温める弁当を食べた。
それすら、今もはっきり覚えている。
会場に集まる人たちは、全員がバンドマンに見えた。
何度もチケットを確認し、
「自分の席にちゃんと座れるか」だけを気にして一目散に席へ向かった。
右隣にはロッカー風の集団。
左隣にはMSGのタオルを持った大人の女性二人。
ステージにはマーシャルのアンプが何台も積み上げられ、
初めて嗅ぐ機械と熱の匂いに、身体が痺れた。
ギターの単音が鳴った。
今ならPAチェックだと分かる。
でもその“音楽でもない音”に、会場全体がどっと沸いた。
暗転。
そして始まった「Captain Nemo」。
アルバムとは違う、ライヴ仕様の入り。
そこからの記憶は、正直ほとんどない。
叫んで、歌って、手を上げて。
恥ずかしさも緊張も消えていた。
気がついたら、終わっていた。
覚えているのは、オープニングの「Captain Nemo」と
「Rock My Nights Away」まで。
それでも、確実に言える。
あの場所に、確かに自分はいた。
放心状態で会場を出ると、
車の窓から自分の名前を呼ぶ声がした。
親戚の兄さんだった。
「どうだった?」
「ほとんど覚えてないけど、すごかった」
すると兄さんが聞いた。
「マイケル・ジャクソン、やっぱり凄いか?」
思わず笑って答えた。
「マイケル・ジャクソンじゃないよ。
マイケル・シェンカーだよ。」
あのライヴのあと、
生まれて初めて「将来の夢」ができた。
演奏する側ではなく、
ライヴに関わる仕事がしたいと思った。
高校卒業後、音響の専門学校へ進み、
音響会社でのバイト、映像制作会社、
ディスコの音響オペレーター。
今はまったく違う仕事をしている。
それでも、18歳から30歳まで、
音楽の現場に関われた時間は、今も誇りだ。
その後、エアロスミスも、
ローリング・ストーンズも観た。
どれも圧倒的で、今も細かく覚えている。
でも、あのMSGの夜だけは違う。
記憶は曖昧なのに、
人生の原点としてだけは、はっきり残っている。
それから何十年も経った今、
マイケル・シェンカーは来日50年を迎え、
日本武道館のステージに立っている。
時間は、ちゃんと繋がっている。
中学2年のあの午後から、
高校2年のあの冬、
そして、今の自分まで。
ロックは、青春の思い出で終わらない。
本物は、何度でも人生に戻ってくる。
他人の人生と比べるつもりはない。
でも、こうして振り返れる原点があり、
一本の線として語れる自分の人生は、
きっといい人生なんだと思う。
あの日、撃ち抜かれたイントロは、
今も変わらず、心のどこかで鳴り続けている。