鳥の言葉を聴くー声ー18
初日の午前中を私はなんとか乗り切りました。
しかし、昼食後の2回目のグループ瞑想も私はまったく集中できず、すでに後悔し始めていました。MNの言葉につられて好奇心から飛び込んではみたものの、これはちょっとひどすぎる。それに昼に食べた食事のせいか、私は少し吐き気がしてきた。
グループ瞑想が終わると、次はふたたび15時半から17時までの自主瞑想。
1日のスケジュールはコース中まったく同じ内容ですが、振りかえってみるとこの時間の自主瞑想が一番辛いのです。
夕方には1日の疲れが出てくるし、8月のこの時間の蒸し暑さはとてつもなく、参加者の誰もが汗まみれになっています。それでも、この単調で飽きあきさせられる姿勢を続けなくてはならない。
自主瞑想の時間になっていましたが、午前中の経験で懲りたのか、私の部屋のメンバーは誰も瞑想ホールから出て行こうとしない。同室のメンバーだけでなく、今はほとんどの参加者が瞑想ホールに残っていました。
私は彼らの意志の強さが信じられず、同時になにか反発のようなものも感じました。体調もおかしいし、それなら自分は部屋に戻ることにしよう。
人間の生理というのは精妙にできていて、ある機会が来ると表面的な意識よりも明敏に働いてくれるものです。私は気分が悪いつもりで部屋に戻ったのですが、部屋に入ってみると吐き気はなくなっていました。私は1人になりたかっただけだった。
私はそこでしばらく腕組みをして立ち、なんとなく瞑想用の座布団を軽く蹴りました。
ーヴィパッサナーだかなんだか知らないが、ご苦労なことさ。こんな山奥まで来て、俺はいったいなにをしてる?
私は本当にうんざりしていて、その座布団に座ってはみたものの、瞑想をする気は起きず、ただ窓の外を眺めていました。
窓の外はセンターの裏庭で、庭には夏の終わりの黄色い陽の光が照りつけ、空中には白い羽虫が飛びかっている。窓が閉めてあるので、室内はひどく暑苦しい。しかし、もう一度立ち上がるのも面倒で、私はそのままにしておきました。
山の中では、風に林がざわめいたり耳元で虫の羽音がしたりして、むしろ都市部にいるよりも騒がしいものです。
ところが、田舎で締めきった部屋にいると、そこに恐ろしいくらいの静寂が満ちてくる瞬間があります。この無人の部屋にもそんな、耳鳴りがしてくるような静けさがあった。なにかこの部屋でだけ時間が止まってしまったみたいでした。
ーしかし、こういう経験も悪くないかもしれないな。きっと面白い記事が書けるだろう。
窓の外の、音のない映像のような景色を見ながら、私はぼんやりしながらそう呟いた。
ーでも、もう遅すぎるよ。
その時この部屋で、そう誰かが私に言った。
私は不意を突かれ、しばらく絶句しました。それはやはり私の内心の声には違いないが、しかしそれだけでもないような、奇妙な抑揚のある声でした。
室内がぞっとするほど静かなので、その声が自分の内側からするのか、あるいは外側からしてくるのかよくわからない。
その「声」に私は腹を立てて、まるでそれに反論しようとするように心のなかで独り言を続けました。
ーそんなことはないさ。今が辛抱の時なんだ。こういう経験だって面白いネタになるじゃないか。要は変に萎縮してしまわないことだよ。優秀な作家は多かれ少なかれ病気なんだからね。芸術家は病的な感覚を糧にして作品を作るんだ。
ーいや、もう遅すぎる。
ーあるいはそうかもしれない。俺だってもう学生じゃないんだし、ある意味ではね。でも、ここで俺はきっと睡眠薬を止めてみせるよ。そのためにこんな場所まで来たんじゃないか。もっとポジティヴに考えられないのかね? それにはもう少し時間がかかるかもしれないけど、俺はここから起死回生を狙うのさ。
しかし、誰もいない部屋でのこうしたお喋りは、たとえ心の中であっても虚しく響きました。そして、その声が本当は何を言っているのかも、私にも実はわかっていた。
「遅すぎる」というのは、私が作家になるには遅すぎるという意味ではない。
それは、過去を取り戻すことはもはやどうあっても不可能だという意味でした。
私の学生時代は、いろいろと不幸な出来事が多かった私の半生で、唯一明るいと言ってもいい時期でした。
大学に入った当時は私には恋人がいましたし、背後にはMNの期待と援助があり、大学の仲間がおり、時間があり、なによりこれから作家として生きていく、という希望があった。
この数年で、ここから残ったものは作家になる希望以外にはありませんでしたが、私はそれでも平気でいるつもりだった。
これは、私が睡眠薬中毒でものが見えなくなっていたからでは必ずしもなく、若い野心家がたいていそうであるように、私もまた、物事を冷酷なまでに割りきる考え方をしていたからです。
自分の希望を叶えるためには、それ以外のものを犠牲にしても仕方がないと、あの頃の私は本気で考えていた。
私が睡眠薬にはまり込んだのはそれに依存していたからですが、当初は自分の健康を気づかい、不安定な体調をコントロールしたい、というまっとうな目的もあったのです。
結果的には、私は逆にそのために健康を損なってしまったけれども、ある意味では自分の健康を犠牲にしてでも夢を叶えたい、それを手に入れたいと考えていた。
ところが、この部屋の声の主にしたがえば、私はまるで思い違いをしていたことになる。
作家になることに私がそれほどまでに固執していたのは、その肩書きのためではなく、作家になることによって周囲の期待に応えるためだった。それによって、私の幸福の礎である恋人や師に喜んでもらうためだった。私は彼らに愛して欲しかった。
結局、それだけのことだった。
しかし、その恋人はすでに去り、MNとは不和になり、私の学生時代は過去のものとなっていて、青春は遠ざかりつつあった。
愚かな思い込みと、一部には睡眠薬の欺瞞の助けも借りて、私は作家になれればすべてが変わると考えて行動し、反対に何もかも失っていました。
気がついてみれば、私がこの時抱えていた負債は巨大になりすぎて、正視することすら難しくなっている。私が失った周囲の信用、数年にわたる時間、そして、この年齢の人間なら当たり前に持っているはずの健全な身体。
これらすべてを取り戻すにはどれだけの時間がかかるのか、見当もつかない。しかも私は、それらを自分の希望のためだと信じて進んで犠牲にしたのです。
そして、自分の夢はいまだ叶えられていない。
いや、たとえ明日自分が世間に認められ、先生と呼ばれる身分になったとしても、これではなんの意味もないではないか? それで自分は何を取り戻せるというのか? そうだ、すべてがあまりにも遅すぎる…。
窓の外ではあいかわらず黄土色の日差しが庭地に照りつけ、白い羽虫が黙々と舞っていました。なにかそれが、望遠鏡を逆さまにして覗いた時のように遠く、はるかに見える。
その誰もいない部屋で、私はしばらく泣きました。
(続く)
スリランカ。ヌワラエリアの茶畑。




