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大平英幸


鳥の言葉を聴くーアーナパーナ・ヴィパッサナー・メッター②ー20
 

ヴィパッサナー瞑想はアーナパーナ瞑想とは違い、集中力のための瞑想法ではありません。
 

アーナパーナは鼻腔の一点に注意を集める訓練をすることによって、いかなる妄想にも囚われない力をつけてくれます。
 

ヴィパッサナーはむしろ、どのような感覚・妄想もありのままに認識することを目指し、しかもそれに囚われないようにするための瞑想法です。
 

ヴィパッサナー瞑想では自分の呼吸や皮膚感覚に注意を向けながら、同時にそこに現れてくるもろもろの感覚や妄想に気づいていく。
 

ただしそこに、「脚が痛い」といった感覚、あるいは、「あの時家の近くの公園で、私の兄が…」といった記憶が出てきても、それに囚われないでいること。ただひたすらそれに「気づいている」こと。
 

しかし、一言でヴィパッサナー瞑想といっても、たとえばゴエンカ氏が教えるものとスマナサーラ長老が教えるものとは若干の違いがあります。
 

これは上座部仏教の伝える瞑想法が一種類だけではないからですが、目的はひとつであり、それが解脱であることに変わりはありません。
 

それでは、解脱とはなにか?  ヴィパッサナー瞑想によってどのようにして解脱に至るのか?
 

これは仏教の教えのなかでもっとも重要なテーマと言えますが、ブログのこのような記事ではとても説明しきれません。
 

代わりに、私がこれまでに読んだ上座部仏教の本でお薦めできるものを挙げておきますので、興味を持たれた方はそちらを読んでいただければと思います。
 

最後に、メッターの瞑想があります。瞑想センターでは、メッターの瞑想はコースの最終日で教えられます。
 

メッターとは「慈悲」を意味し、言いかえるなら「愛」の瞑想といって良いかと思います。これはほかの伝統的な宗教における「祈り」に相当するものです。
 

メッターの瞑想では、アーナパーナやヴィパッサナーと同じように座って、心を込めて「生きとし生けるもの」の平安と幸福を願う。
 

ただ、「祈り」といっても自分本位の希望を願うのではなく、家族や友人、自分の敵をふくめた社会全体、最終的には動植物など生命全体の平安と幸福を願う瞑想です。
 

最後に、私がお薦めする上座部仏教の本を挙げておきます。
 

上に引用したワールポラ・ラーフラ師の「ブッダが説いたこと」(岩波文庫・2016年)は、上座部仏教の視点から仏教全般について簡潔に述べています。
 

文庫本で200ページほどの小著ですが、ブッダの教えについて具体的かつ読みやすく書かれており、上座部仏教の最高の権威によって書かれたものとしてお薦めできます。
 

ヴィパッサナー瞑想については、大型書店の仏教のコーナーに行くと驚くほどたくさんの数の本が置かれています。
 

スマナサーラ長老の本はもちろん、私がミャンマーで訪れたハメティマハーシのマハーシ・サヤドーの著作も良いですが、もし一冊だけ私が推薦するとしたら、グナラタナ長老の「マインドフルネス」(サンガ・2012年)を挙げます。
 

グナラタナ長老もスリランカ出身で、この著作は全世界でひろく読まれています。ヴィパッサナー瞑想の詳細についてよく書かれているだけでなく、瞑想に行き詰まった時の対処法や、日常生活での応用の仕方についても述べられています。
 

メッターの瞑想についても触れられており、瞑想についてこれ以上バランス良く書くのは不可能に思われるような素晴らしい内容です。
 

なお、ヴィパッサナー協会のゴエンカ氏の「ゴエンカ氏のヴィパッサナー瞑想入門」(春秋社・1999年)もあります。
 

これは瞑想センターで夜に行われるゴエンカ氏の法話の要約ですが、センターの雰囲気を知りたいという方にお薦めできます。
 

(続く)
 

スリランカ。ヌワラエリアでのキャンプ。