鳥の言葉を聴くー鳥の言葉を聴く①ー21
  

だから私たちはいま問わねばならない、なぜ花を見ること、鳥の声を聞くときのあのとてつもない美の感情をなくしてしまったのかと。
クリシュナムルティ
 

さて、ふたたび13年前の初秋の京都に戻り、24歳の私の視点にかえることにしますが、いったいどこから再開したらいいものか。
 

というのは、コース中のスケジュールは毎日まったく同じで、参加者は瞑想以外なにもしていませんし、会話もありませんから、なにか劇的な出来事が起こることはありえないのです。
 

それに、コース中の時間の感覚も通常とは違います。
 

例えるなら、一定の時間を水飴のかたまりだとすると、その水飴を両側からずっと引き延ばしていく。
 

それを可能なかぎり引き延ばすと、水飴がまるで糸のように細くなってしまいますが、コース中の参加者の時間の感覚というのは、その糸のように細く長い時間の中をとぼとぼと歩いているようなものです。
 

時間の質量は日常と変わらないのですが、日常では私たちの注意をそらすような出来事は毎秒のように起きているので、その分時間を大ざっぱにぶつ切りにしています。だから、時間そのものを意識することがあまりない。
 

反対に、コース中は時間の意識との闘いと言ってもいいくらいです。そのため、私は10日間が終わった時、まるでそこに1年くらいいたような気がしました。
 

これはたんに大げさな表現をしてみたというわけではなく、ただの錯覚とも言えないと思います。
 

コース中に日常の数十倍の妄想を経験していたなら、10日間で1年分の妄想を経験したのだと考えても間違いではないはずで、この感覚はおそらく正しいのです。
 

それはともかく、とりあえずはコース中の私の心理状態に戻ることにしましょう。
 

私はたかだか2、3日の間睡眠薬を飲まず、それまで気がつけなかった自分の「思い違い」を理解したというだけで、あたかも全部が解決したような気がした。
 

病人ーこの場合は私のことですがーというのはやはり気の毒なもので、自分の病気に少しでも回復の兆候が見られると、もうそれだけで有頂天になってしまう。
 

はたから見れば足取りはおぼつかないし、顔にはまだやつれが残っているのに、本人は完全に健康を取り戻したつもりでいる。それで、これまで出来なかったことをあれこれ思い出して、その全部を一気にやってしまおうとする。
 

こうした、心理学でいうところのアクティングアウトへの衝動にかられるのは、この種の訓練の場ではありふれたことなのでしょう。
 

いかなる場合でもコース中の退出は許さない、という瞑想センターの方針はこの点でも正しいわけで、よく出来ているものだと思います。
 

とはいえ、当時の私は感心しているどころではありませんでした。ゴエンカ氏には申し訳ないが、私は一刻も早くセンターを出たかった。その一心でした。
 

あの頃の私に、もし「悟り」に類したものが想像できたとしたら、あの時、午後の無人の部屋で理解した自分の思い違いの認識こそがそれだったので、私にはその自覚でもう十分だったのです。
 

そうは言っても、センターを出ることはできない。私もまだ若くて、いざとなったら着の身着のままでセンターを抜け出してもかまわないとさえ考えましたが、財布も携帯も預けてしまっているし、さすがにそれはできなかった。
 

私は仕方なくセンターにとどまりました。もちろんそれで良かったのだし、瞑想センターに責任などあるはずもありませんが、私が1点だけ留保をつけたいと考えている事があります。
 

それは、あの時あのセンターにいて、日がな1日そのことばかりを考え続けたために、おそらくは必要以上に強烈に、あの部屋での認識を自分の内に深く刻みつけてしまった、ということです。
 

あの時のショックは、その後の何日にもわたる徹底的な検討の威力も加わって、私の無意識にトンネルのようなものを作ってしまったのです。
 

ここでこうして、ややしつこく当時の状況を再現しているのもその表れと言って良いと思いますし、13年前の夏がどこかで今年の夏とはっきり繋がっていると私には感じられるのです。
 

(続く)
 

スリランカ。ポロンナルワ遺跡。