鳥の言葉を聴くー鳥の言葉を聴く②ー22
こういうわけで、私は瞑想に熱心な参加者ではありませんでした。
私が京都に来たのは睡眠薬をやめられるかもしれない、という不埒な期待と、ついでになにか面白い体験ができれば儲けものだというさもしい了見からにすぎなかった。
正直に言えば、出て行こうにも出て行けないから、私は嫌々ながらそこにいて、嫌々ながら座っていただけのことです。
また結果的にも、私は瞑想センターのコース中に神を見たわけでも、救いに出会ったわけでも、仏教に帰依したわけでもなかった。
しかしながら、10日間もなかばをすぎると、瞑想にもある程度慣れ、気分的にも落ち着いてくるというのもたしかです。
コースのはじめは一種のショックで気持がかき乱されますが、センターでの生活には妄想を起こさせるトリガーが何もないので、自然に気持が澄んでくるのです。
ここへ来る前はずいぶん心配した睡眠薬の断薬症状も、この瞑想センターではそれほどでもありませんでした。
睡眠時間が短く決められているので、就寝時間になるとそれほど苦労せず眠りにつけました。断薬症状が苦しかったのは、むしろ自宅へ戻ってからのことです。
センターの裏手の庭を、私は休憩中によく散歩しました。秋のはじめのことで、道ばたのコスモスを眺めたりしていると、たとえ一時的にもせよ出家者になったような気がしたものです。
ここでの生活に慣れると、それまでずっと自分の内側に向けてきた意識がいくらか緩んで、よそ見をしてみようという気になる。なにもすることがないので庭を歩いていると、ここには本当に色々な人が来ている。
食事時間にはきまってお盆を外へ持ち出し、いつも同じ階段の隅で食べることを日課にしている人や、庭でバッタや蝶をかまって飽きない人、またものすごく瞑想に熱心で、休憩時間の間も庭の地面に座っている白人もいた。
それから、たぶん私と同じような心理状態で、深刻な顔つきをして呆然と座り込んでいるような人もいる。
話をしないから彼らの背景はわからない。だからこんな表面的なことしか見えないのですが、自分1人の問題でこれだけ大変なのに、これに他人の妄想まで絡んできたらわけがわからなくなるに決まっている。
沈黙の行には不便で辛い面もあるけれど、たしかに合理的でありがたいものだと思いました。
とにかく、私はこの瞑想センターで、それまで自分が馬鹿にしていた宗教的な生活というものに初めて触れた。
もし、今すぐここから出て行っても良いと言われたら、やっぱり私は出て行ったと思いますが、このセンターの雰囲気は好きになった。
若い頃の私はいわゆる「抹香臭い」ものが嫌いで、香を焚きしめた薄暗いお寺のようなものはただ尊大で、陰気で、そのくせ何の役にも立たないものだと思っていた。
実は今でも、私は一般的な宗教組織には同じ反発を感じることがありますが、休憩時間にバッタをくすぐって笑っている大人を迎え入れているこの瞑想センターは、それとは違うものだと思いました。
私がそうでしたが、不幸な人間は二重に不幸なものです。
不幸な人間は、その悲しみや痛みによって萎縮し、猜疑心が強くなり、自分をひどい目にあわせた世の中を怖れ、憎むことになる。
不幸な人間には誰もあえて近づこうとはしない。それは一面では仕方のないことで、誰だって暗い性格よりも明るい性格が、醜い人よりも美しい人が好きなのは当たり前で、こういう傾向に文句を言ってもはじまらない。
しかし、これは非常に残酷な法則でもあり、不幸であればあるほど、その人はいよいよ救われないということになる。
だから、不幸な人間は必然的に孤独な人間でもあって、私が二重の不幸というのはこのような意味です。
その孤独な私に、もしかしたらこの瞑想センターでの体験は、その全面的な解決とまでは言えないにしても、なにか糸口のようなものを与えてくれたのかもしれない。
それを本当に自分のものとして理解するには、それからまだ長い時間ー10年以上の時間ーが必要になったのだけれども、その最初のヒントがあの場所で得られたのかもしれません。
この世界には孤独で無力な「自分」以外のもの、また、そこにあっては私利私欲で動くしかないーこの事実を無責任に批判しようとすれば、よく言っても愚かしいキレイ事にしかならないー「社会」以外のものがあるということ。
まあ、その認識ですら私たちの間では動揺しやすく儚いものだと思いますが、同時に動かしがたくそこにあり、もしそれがなければそもそも生きている意味が見失われてしまうような、自然の働きが象徴的に表しているある神聖なイメージ、その消息を初めて私に伝えてくれた体験が瞑想だったのだと、あるいはそう言えるのかもしれない。
早朝、まだ夜明け前に、あのアンコールワットの形をした鐘板の響きに起こされて、未練がましい気持で私は布団から抜け出す。
瞑想ホールの席に座っても、最初はまったく集中できず、ただ口の中の歯磨き粉の苦みや、首筋や肩の凝りだけが意識される。
そこで私は姿勢を整え、呼吸に注意する。すると次には、昨夜見た夢の名残りや、人には秘密にしている自分だけの口癖や、遠い昔のイメージの断片が現れては消え、消えては現れる。
鳥というものは、いつも夜明けの少し前に啼き出すもので、一羽が最初の呼びかけをはじめると、夜の暗がりからもう一羽がそれに応える。その最初の一羽が全体の合唱を導くまでにはやや間がある。
私はその音楽の微妙な展開にしばらく聴き入っているが、結局はそれも忘れてしまい、自分自身の呼吸の流れさえ忘れてしまう。
視界は、初めはまったくの暗闇に思われたものが、実はそうではないことがわかり、緑や紫の霧や渦に出会い、それが近づいたり遠ざかったりするのをただ見届ける。
そうして耳にも、目にも、身体のどの部分にも感覚がなくなり、「自分」がいるということも定かでなく、ただ夜の海のような暗い、静かな、圧倒的な存在感をだけ感じている。
その存在感がさらに薄くなり、揮発して、海のようなものから大気のようなものに移り変わって、もはや視界が暗いのか明るいのかすらわからない、というより知覚しない。
その時ふいに、かすかに風が舞い戻ってくるように、あの鳥たちのささやきが、すでに完全に充実して、奇妙な言葉のざわめきとなって私の内側に満ち溢れてくる…。
子どもたちは鳥の言葉がどんなものか知っています。しかし私たち大人は、このようなきわめて稀な瞬間にのみ、かつて見失った道筋をたどり直し、意識のはるか上の方で、もう一度鳥の言葉を聴くことができるのではないかと思います。
(続く)
スリランカ。ポロンナルワ遺跡。
