ミャンマー日記ー終わりの旅ー22
テダーと別れ、僕はまた自分だけの孤独の内に潜りこんだ。その後、僕はもう余計な遠出はせず、土産ものを買いにボージョーアウンサンマーケットに行ってみたりしただけで、あとは冷房の効いたカフェで読書をして過ごした。
こちらに来る前、ミャンマーについて調べている時に、知り合いの紹介でTさんという女性と会っていた。彼女は僕自身も縁のある日本テーラワーダ仏教協会の会員で、去年ミャンマーに行っていたのでその話を聞いたのだった。
東京のある事務所の席で、Tさんは僕の質問になんでも答えてくれた。ミャンマーはタイの隣の国であり、誰でも名前は知っているが、その国に実際に滞在した経験のある日本人は意外に少ないから、ミャンマーに三ヶ月もいたTさんは貴重な存在だった。
しかし、残念ながらTさんの話は僕にとってそれほど参考になるものではなかった。というのは、Tさんは三ヶ月の滞在期間のすべてをヤンゴンで過ごし、そのヤンゴンですらたいして見て回ったわけではないことがわかったからだ。彼女の目的は観光とははっきり別のところにあったのだ。
ヤンゴンの中心部からやや北に行ったところに、ハメティマハーシと呼ばれる瞑想センターがある。ここは1982年に亡くなったミャンマーの高僧マハーシ長老が興したセンターで、外国人を含めた在家の人々にヴィパッサナー瞑想を教えることで世界的に知られている。
すでに述べたように、ヴィパッサナー瞑想を修行の重要な一環として据える小乗仏教の国は東南アジアにいくつかあるが、このヴィパッサナー瞑想を広めるのにもっとも熱心なのが、実は軍部が国政の指揮を執るミャンマーなのだ。
ミャンマーにはハメティマハーシのような在家に門戸を開く瞑想センターが複数あるだけでなく、驚くことに瞑想ヴィザというものが存在する。このヴィザは国内の瞑想センターの許可が下りれば比較的簡単に取得できるが、このヴィザの有効期限はツーリストヴィザが28日間なのに対し、三ヶ月まである(しかも、センターの推薦があればさらにヴィザを延長できるという特長がある)。
熱心な仏教徒のTさんは、ヴィパッサナー瞑想を学ぶためにミャンマーに渡り、この瞑想ヴィザを最大限利用したのだった。
瞑想センターでの修行は厳しいもので、いろいろと制限がある。Tさんが滞在していたハメティマハーシは、国内でも比較的設備の整った規制のゆるいセンターだと言われているが、それでもセンターの敷地外への外出は週に一回、それも一時間だけとされている。そういうわけで、Tさんがヤンゴンの市内すらろくに知らないとしても不思議はなかった。
瞑想ヴィザでなくてもツーリストヴィザでセンターに滞在できないことはないが、今回僕にはその予定はなかった。ヴィパッサナー瞑想は日本でのコースに何度か参加して経験していたし、初回のミャンマーでは、まずはそのような特別な文化を擁するこの国の風土を探ってみたかったのだ。
ただ、そうしたセンターの雰囲気を少しでも知っておくのは無意味ではないだろうし、Tさんを紹介してくれた友達も、僕の報告を楽しみにしているだろう。そう考えて、僕はミャンマーを出る前日、ハメティマハーシを訪問してみることにした。
ハメティマハーシはスーレー・パヤーからタクシーで十五分ほどで、ヤンゴン国際空港に通じる大通りから路地へ少し入ったところにあった。
敷地は思ったより広く、正門は堂々としており、僧院というよりは小さな大学に似ていた。そしてこれも意外だったが、正門へは自動車が絶えず出入りしており、この付近はちょっとした混雑になっていた。
正門の手前でタクシーを降りてから、どうも騒がしい内側をとみこうみしながら、僕は断りもなしに入って良いものかしばらくためらっていた。が、正門のガードマンを見ても何も注意されないので、敷地に踏み込んでみることにした。
入ってすぐ右側の建物がレセプションになっているらしく、車の行き来に気をつけながら玄関に向かって歩いていくと、その時ちょうどレセプションから出てきた、臙脂色の袈裟をまとった僧侶と目が合った。
「日本の方ですか?」
日本人かな? と僕が思案している間もなく、そう向こうから声をかけられた。
「そうです。あなたも?」
とにかく、これはタイミングの良すぎる出会いだった。
(続く)


