雀ー地球の感覚ー⑥
 

「森はだんだん少なくなる、河は涸れてゆく、鳥はいなくなる、気候はだんだん荒くなる、そして土地は日ましに、いよいよますます痩せて醜くなってゆく」
チェーホフ『ワーニャ伯父さん』
 

次に視点を移して、環境問題の原点について考えてみます。
 

あまり知られていませんが、19世紀ロシアの作家チェーホフは、今日的な意味での環境問題について注意した最初の人間のひとりです。
 

彼の環境にたいする問題意識は有名な戯曲『ワーニャ伯父さん』と、その前身にあたる『森の主』のなかに詳しく見られますが、チェーホフの偉大な先輩であり、友人でもあったトルストイにたいする彼の批判にもはっきり潜んでいるものです。
 

トルストイが書いた民話に、「人にはたくさんの土地がいるか」という物語があります。この話は子ども向けのアンソロジーにもよく入っているので、知っている人も多いでしょう。
 

民話の筋は、貧しい農民であるパホームが悪魔にそそのかされて欲をかき、広い土地を手に入れようとしてかえって破滅するというものです。
 

パホームは、1日の間で徒歩で囲った分だけの土地を与えてやる、という約束のもとにしゃにむに走り回り、できるだけたくさんの土地を得ようとしますが、あまりにも走り過ぎたために力尽き、結局は土地を得られないまま息絶える。
 

最後に、死んだパホームのために3アルシン(約2メートル)ほどの墓が掘られ、彼はそこに葬られる。つまり、パホームにとって必要な土地は3アルシンに過ぎなかった。
 

チェーホフは『すぐり』という短編小説のなかで、この民話に含まれている教訓を批判しました。
 

「三アルシンしかいらないのは、死体であって、生きた人間ではないはずです・・・人間に必要なのは、三アルシンの土地でも、荘園でもなく、地球全体、自然全体です。」
『すぐり』
 

今日からすると、このチェーホフのメッセージの方が私たちにはかえってわかりやすく、むしろトルストイの教訓の方が難解かもしれません。
 

トルストイの教訓とは簡単に言えばこういうことです。パホームに象徴されるように、人間は神や大いなる自然の下ではしょせん小っぽけな存在であって、そういう人間が強欲に走れば罰を受けることになるだろう、と。
 

チェーホフはこのトルストイの宗教的な世界観に反対しました。チェーホフ自身は医者で科学の信奉者だったので、彼にはこういう「スピリチュアルな見方」はできなかったのです。
 

(続く)