鳥の言葉を聴くーアンサーリーの言葉ー①
 

水の上を歩けたとしても
一本の藁と変わるところはない
空中を飛べたとしても
一匹のハエと変わるところはない
心を抑え
ひとかどの人間になるよう努めるべし
                                                          アンサーリー
 

20代のなかば頃までは、私も世間の大半と人と同じく、スピリチュアルな話題には冷淡でした。これにはいくつか理由が考えられますが、今から考えると、当時の世間の空気というものが相当影響していたように思われます。
 

オウム真理教の犯罪が明るみに出たのは1995年のことで、私は中学2年生でした。何人かのヨーガの先生に当時の話を聞いたことがありますが、彼らが口を揃えて言うのは、あの事件がヨーガやスピリチュアル系の世界に与えた衝撃の大きさです。
 

1980年代に人気を集めたニューエイジ・ムーブメントは、そもそもオウム真理教が勢力を持つようになった背景でもありますが、オウムの犯罪はその流行自体を押し殺してしまうことになりました。
 

その結果、ヨーガをはじめとしたスピリチュアリティは世間からひとしなみに白眼視されることになり、90年代の後半を「冬の時代」として記憶しているヨーガの先生が多いのです。
 

もちろん、まだ子どもだった私は80年代のニューエイジ・ムーブメントのことなどなにも知りませんでしたし、オウム真理教のニュースはTVで見ていても、それをひとつの社会問題として位置づけてみようなどと考えることはありませんでした。
 

しかし、むしろそれだけに、無意識のレベルでの影響力は大きかったのではないかと思います。思春期の子どもは自分なりの世界観・価値観を作り上げようと必死になっていますから、自分を取り巻く世間の判断には非常に敏感に反応するものです。
 

そういう意味で、オウム真理教の事件からそのもっとも深刻な問題性を受け取ることはできなくても、あの不潔で毛むくじゃらの教祖の姿や、あまりにも「ダサい」と言わざるえない信者や教団のパフォーマンスは、ローティーンの少年に、いたずらに「神秘」に群がる人々への嫌悪と軽蔑を植えつけるのに十分すぎるほどのインパクトを持っていました。
 

話が少しそれますが、「バブル」に象徴される80年代の良くも悪くもアグレシッブな姿勢に対して、90年代は保守的な態度が優勢になっていたのではないかと思います。
 

スピリチュアティに対してと同じく、私がいわゆる「オタク文化」に嫌悪感を持ち、好んでオーソドックスな教養を身につけようとしたことも、個人的な嗜好もあるとはいえ90年代の冷めた空気がそこに反映していたようにも思われるのです。
 

そういうわけで、20代のなかば頃までの私のスピリチュアリティについての見解は、上のアンサーリーの言葉に皮肉と嘲笑をたっぷり付け加えたもの、と言えば一番近かったのです。
 

(続く)
 

スリランカ