鳥の言葉を聴くー学生の頃の話ー③
 

私の場合、それはいくらか奇妙な風に、つまりは睡眠薬中毒との闘いという形でやってきました。
 

以前、「個人的な話」のなかでも少し書きましたが、私は10代の間ずっと体調が悪くて、大学に入ってからは精神科にも通っていました。
 

精神科にかかったことがある人ならわかると思いますが、今の一般的な精神科は内科とあまり変わりがないのです。医者に話を聞いてもらえるのはごくわずかな時間でしかなく、あとは処方箋を書いてもらって薬を受け取るだけです。
 

私がはじめて精神科にかかったのは大学1年生の終わり頃のことで、私はそれから薬を飲むことになりました。精神安定剤に睡眠薬、それに薬の負担を軽減するための胃腸薬のようなものを含め、いつも3、4種類は飲んでいました。
 

最近、薬剤に詳しい知人と話す機会があって、学生の時に私が使っていた薬の名前を挙げると、相手は顔をしかめて、それは問題があって今では処方されていないものだよ、と言っていましたが、当時の私はそれを当たり前に飲んでいたのです。
 

今では、精神科が採用しているDSM(精神障害の診断と統計マニュアル)の問題点や、向精神薬の危険性についてはそれなりに認識されていますが、私が精神科に通いはじめた2001年頃にはまだそんな話はありませんでした。
 

その方面について無知だった私は、精神的にどこかおかしかったら精神科に行けば良い、とごく短絡的に考えていたものです。
 

また話がそれますが、ここにも私は、時代の微妙な制約を見てとることができるように思います。
 

たとえば、キャラハン博士の『TFT(思考場)療法入門』の翻訳は、私が精神科に行った時期と同じ2001年に出ていますが、この時点ですぐにTFTを試した人はよほど目先が利く人だったのではないでしょうか。
 

EFTを知ってから、私は時々、自分が学生の頃にこれを知っていたら、その後の人生がどれだけ違っていたかと想像して悔しい思いをすることがありました。
 

しかし、人生や歴史に「もし…」ということはありえず、ただ取り返しのつかない形で起きてしまった出来事があるだけです。
 

そして冷静に振りかえってみるなら、かりにそのような機会があったとしても、学生時代の私がEFTを試してみようなどと考えることはまずありえなかった事がわかるのです。
 

これとは逆のケースが、私とヨーガの出会いです。私が初めてヨーガ教室に出かけたのは2003年のことでした。私の印象では、ヨーガが再び一般的なブームになるのは2004年頃で、それより以前ではなかったと思います。
 

天邪鬼の私は、ヨーガが一度ブームになってしまったら自分もやってみようなどとは絶対に思わなかったでしょうから、ブームが始まる前にヨーガと出会っていたのは幸運だったと言えます。
 

(続く)
 

スリランカ。シーギリヤ。