鳥の言葉を聴くー睡眠薬中毒ー④
ずっと体調が悪かったので、私は若い頃から健康には人一倍気をつかっていました。今では馬鹿らしくてそんなことはしませんが、サプリメントに月に2万円も使っていたこともあります。
当然、私は精神科で処方された薬も律儀に飲んでいました。結局それが良くなかったわけですが、私はしだいに薬に、とくに睡眠薬に依存するようになりました。
これも知人から聞いて知ったことですが、私が使っていた睡眠薬はハルシオン系の薬で、これには中毒性があります。
睡眠薬だから、これを飲めばよく眠れます。しかし、長い間使っていると身体が慣れてしまうので、処方通りに飲んでも眠りにつくまで時間がかかるようになるのです。
そしてこの、奇妙な心地良さのあるわずかな時間が、私にとっては致命的な失敗につながることになりました。
というのは、睡眠薬には向精神薬と同じ作用があって、使うと多幸感が感じられます。私はこれが止められなくなってしまったのです。ちょっと酒の酔いに似ていますが、血流が良くなって温かくなるということはなく、その分だけクリアな酔いと言えばいいでしょうか。
病院に通っているくらいですから、普段は落ち込んでいることの方が多いわけで、そういう人間、しかも若い学生にそんなものを与えたらどうなるかはくだくだしく書くまでもないでしょう。
当時の私にしても、精神科に通っていることにはバツの悪いを思いをしていましたし、睡眠薬が止められないことについても言い訳をしたりしていました。
しかし、そんな「気がね」などなんの意味もなく、私は病院に月に2度ほど通って、その帰りの私のバッグの中にはいつもしっかり薬が入っている、ということになったのです。
この種の薬の害についてはいろいろと取り沙汰されていますが、私自身の体験から言って、それが自己認識を狂わせてしまう点に一番大きな問題があると思います。
これは心の病と身体のケガを比較してみるとわかります。たとえば、脚を骨折したらギプスをして、安静にしていれば数ヶ月で治ります。しかし、治すためには数ヶ月は必要ですし、その間には痛みもあります。
ところが、精神科で処方された薬を飲むと、心の痛みというのは一瞬で消えてしまう。あるいは消えてしまった気がするわけです。それどころか楽しくなり、自信さえついてくる。
これは辛い思いを抱えている患者にとっては素晴らしくありがたい話で、だから精神科というのはだいたい繁盛しています。
しかし、これは骨折の件と比較するとどうしてもおかしいと言わざるをえない。この種の薬は治療薬ではなく、名前を変えた麻酔薬のようなものとしか思えない。
私は精神科で処方される薬のすべてが良くない、と言うつもりはありません。薬はちょうど外科手術で用いる麻酔剤のようなもので、長びく治療のなかで苦痛を抑えるためのサポートとして使われるのはかまわないと思いますし、むしろ必要な場合もあるでしょう。
しかし、少なくとも私が見てきた精神科では、医者は一定のマニュアルにしたがって患者に薬を投げ与えるだけで、それ以外のことはしようとはしません。
要するに肝心の外科手術がなく、麻酔剤だけ投与している。これでは病気が良くなるはずがないし、薬の中毒者が増えるだけで、医者はそれについても責任をとろうとはしないのです。
余談ですが、無痛症という病気というか、遺伝的な疾患があります。無痛症の人は生まれつき痛みというものを感じません。私はこの疾患の話を聞いた時、痛みがなかったらずいぶん楽に生きられるのではないかと考えました。
ところが、無痛症の人は実際は平均すると30歳くらいで亡くなってしまうそうです。痛みというのは身体が発する警報ですから、この警報がないと結果的に身体にとてつもない無理がかかることになるのです。
心の痛みも同じことで、苦しいのにはかならず原因があるはずです。それを薬で麻痺させて、ただ単になかったことにしてしまうと、非常に深刻な結果を招く場合があると思います。
(続く)
スリランカ。ハンバントタのホテルの猫。
