鳥の言葉を聴くー2005年頃ー⑤
 

本当は苦しいはずなのに、薬のために楽になっている。現実はなにも変わっていないのに、すべて上手くいっているような気がしてくる。解決すべき課題がたくさんあるのに、課題そのものが見えなくなってしまう。要するに、自分を客観化することが異常に難しくなる。
 

これこそ、この種の薬の一番恐ろしい点だと私は思います。こうした自己認識の不全は、最後には人間関係を崩壊させることになります。
 

その上、精神安定剤や睡眠薬は猛毒ではないので、その副作用もゆっくりとしか出てこない。この自己認識のズレも最初はごくわずかなものなのですが、何年か経つうちに一目でわかるようなものになり、完全にタガが外れてしまう。
 

そのため、副作用にたいする自覚がそもそもあまりないのです。これが中毒の不気味なところで、周囲からは変な目で見られているのに、本人はけっこうまともなつもりでいるのです。
 

どの会社や学校にもかならず一人はいるタイプに、こういう人がいるでしょう。とくに嫌われているわけではないけれども、言動が「普通」ではないので、その人がなにか言ったりすると女の子たちがクスクス笑ったり、目くばせしあったりするようなタイプの人が。
 

何年もの間、精神科で出された薬を一生懸命飲んだおかげで、私はどうもそんな人間に成り下がったらしい。その証拠に、私には成り下がったという自覚すらなかったのです。
 

今回の記事を書くために手持ちの記録を調べてみたのですが、私が病院で初めて診察を受けたのが2001年、最後に精神科に訪れたのが2005年となっています。ということは、合間に多少のブランクがあったとはいえ4年間病院に通ったことになります。
 

この話はもう10年以上前の話で、私自身も他人事のように書いている部分がありますが、この事実には今でもかすかな戦慄をおぼえます。それは私の20代前半の、人生でもっとも貴重な一時期を覆っているのです。
 

しばらくして、さすがに私もこれは非常にまずい事態になっていることに気がつきました。そして何度も薬を止めようとしました。ところが断薬時の症状がきつくて、これがものすごく難しいのです。
 

こういうわけで、最後の頃には私の生活は文字通りメチャクチャになっていました。生活リズムはもちろん、人間関係も破綻していましたし、働こうにも働く気力がない。意識の状態はいつもぼんやりした濁ったような感じがあって、まともに物事が考えられない。
 

しかも、これだけ明白な危機的な状況にあるのに、本人は例の睡眠薬の魔術にかかっていて、どこかで「これはこれでかまわない」とか、「いずれなんとかなるだろう」などと考えていて、救いようがないことになっている。
 

もちろん、こうした事態を招いたのは、まだ若い人間の未熟さや私の本来の性格が関わっていた面もあります。しかしながら、その根底には自己認識を麻痺させる薬剤の強力な作用が働いていたことは確かだと思います。
 

(続く)
 

スリランカ。ポロンナルワ遺跡。