鳥の言葉を聴くー背景を描くー⑥
 

時間的に前後しますが、ここで少し私の学生時代について書いておきたいと思います。それなりに意味があることなので、ここに一般常識的な事実も含めることにします。
 

体調を崩して一年間休学したので、私が大学に在学していたのは2000年から2005年の間の5年間です。この前後5年くらいに起きた、歴史的に重要な出来事を3つだけあげるとすると、それは1995年の阪神淡路大震災、2001年の9・11、それから2008年のリーマンショックになると思います。
 

よく言われるように、大地震とオウム真理教の事件が起きた1995年は、日本の現代史の転換点になっています。すでにバブル景気は終わっていたけれど、その余波というか余裕がまだ残っていたのが、大地震のために完全に消失してしまった。
 

それで中央では一流の証券会社が潰れたりするし、地方経済も衰退していく(あらためて調べてみると、地方経済に打撃を与えた大店法が廃止されたのは2000年)。文化的にも勢いがなくなって、全体に寒々とした空気が90年代後半を支配しました。
 

逼塞した、行き場のないような雰囲気があったところで9・11が起きて、ある意味でそこに風穴が開けられたようなショックがありました。しかし、それはあくまでアメリカでの出来事でしたし、それがどう決着がつくものかもなかなかわからなくて、どこかでまだ90年代的な硬直した空気を引きずっていた。
 

9・11はアメリカの権威を揺るがしはしたが、相手はターバンを巻いたテロリストということで、それで世界政治の勢力図まで変更されたわけではない。経済大国として中国が台頭してきて、アメリカに挑戦していくのはもう少し後になります。
 

日本で貧困の問題がはっきりとクローズアップされてくるのは2005年以降のことで、それ以前は経済格差のこともまだそれほど言われていません。
 

とはいえ、ライブドアの堀江貴文がほとんど崇拝に近い歓迎を受け、庶民の間で「セレブ」にたいする憧れが高まり、まるでそれが金と権力への服従ではないかのように素朴な熱を込めて語られたのもやはり2005年頃のことで、これは今の世相に通じる注目すべき現象でした。
 

ついでに言えば、この頃にはまだスマホもなかったし、SNSも一般的ではありませんでした。調べてみると、ミクシィがサービスを開始したのは2004年となっています。
 

しかし、2008年のリーマンショックは対岸の火事ではなかった。それはアメリカ発だったけれども、世界的な不況となって日本も巻き込んだ。私もそうですが、この時期に仕事で苦労した人は多いと思います。
 

この頃には誰もが「格差社会」ということを意識するようになりましたし、中国の存在感も出てきて、日本があるゆる面でどうしても行き詰まっているという感じがはっきりしてきているし、iPhoneなんかもある。
 

そしてこの時点ですでに、「勝ち組・負け組」といった下劣な、しかも不正確な区別を世間が大真面目で受け取るようになっていた。
 

2011年の3・11ももちろん重要な節目ですが、こう考えると2008年くらいから今年の2018年につながるラインが明確に見えてくるような気がします。
 

脱線ついでの感想ですが、今のネットのニュースの文化面を見ると、IT長者などのセレブリティのゴシップと、お笑い芸人がTVでこう発言したというような話題で埋め尽くされているのには本当に驚かされます。
 

これは世間の関心があからさまに金とナンセンスに移っているということで、こういうところも2005年より以前の雰囲気とは違うと思います。
 

こう見てみると、私の学生時代は9・11と、今この時代の最大の課題である経済格差が顕在化してくる2005年の間にほぼ収まることになります。つまり、時代が変化していく過渡期にあたっている。
 

だからと言って、私は自分の睡眠薬中毒が当時の社会状況のせいだった、などと言いたいわけではありません。そうではないけれど、振りかえってみると事実としてこうなっている。
 

これは当時の私を規定していた外枠で、こうした事柄も案外参考になるものなので、ひとつのサンプルとしてここに示しておきます。
 

(続く)
 

スリランカ。アヌラーダプラのルワンウェリ・サーヤ大塔。