鳥の言葉を聴くー沈黙の行ー14
受付が済むと、各自に割りあてられた部屋に案内されます。本館の部屋はどれもフローリングの床できれいにしてあり、ほかの参加者5、6名と相部屋になりますが、室内は広いので気になることはありません。
それに、ここへは勉強しに来たわけではなく、筆記用具も取り上げられてしまっているぐらいですから、机も椅子もない。部屋では瞑想するかただ寝て休むしかないので、1人に必要なスペースは畳2畳分くらいのものです。
この時の同室の仲間は私のほか4名で、50歳くらいの中年の男性が1人、30歳前後の青年が2人、それからフットボールでもやっていそうな大柄の若い白人が1人いました。
受付で、6時に夕食になるから、その時間に食堂に集まるように言われていたので行ってみると、すでに参加者の大方が集合していました。
男女あわせて70人はいるのでかなり熱気がありますが、みんな緊張しているし、ここへ来たばかりで知り合いなどもいないので大人しく食事を食べている。
最初の晩の夕食は山菜が添えられたそばで、ごく質素ですが美味しいと思いました。
以後、コース中の食事は朝と昼の2回のみで、すべて菜食になります。ただ、それほど心配する必要もなく、食事はビュッフェスタイルで自分で食べたいだけ食べられますし、初回の参加者のみ夕方にはお茶も出ます。
食事が終わると、スタッフの1人が古びたラジカセを持ってきて、テープをかけました。ラジカセから、落ち着いた中年の女性の声でアナウンスが流れる。大意は以下のとおりです。
「皆さんよくいらっしゃいました。皆さんはここで、かつてブッダご自身が実践された瞑想法を集中して学ぶことができます。
とはいえ、それが気楽な作業だとは決して思わないでください。とくに、最初の数日は非常に苦しく感じられる方が多いでしょう。本気でここから逃げ出したくなる人もいるでしょう。
しかし、ここでは途中で退出することは認められていません。考えてもみてください。深い瞑想は手術のようなものです。手術をしている最中に患者が手術室から逃げ出すことが許されるでしょうか? それはとても危険なことなのです。
今夜8時から瞑想ホールでオリエンテーションがあり、その時点から私たちは10日間沈黙の行に入ります。この10日間は皆さんに完全な沈黙が要求されます。
参加者同士で会話することはもちろん、アイコンタクトや身体を触れ合わせることも禁止です。あたかも、たった1人でここにいるかのように生活してください。
瞑想法について質問がある場合はアシスタントティーチャーに、生活上の不明点についてはマネージャーに聞いてください。それ以外の会話は一切許されません。
いかがでしょうか? もし、皆さんがこの10日間をやり通す自信がないのであれば、今ならまだ遅くはありません。どうぞお引き取りください。ただし、オリエンテーションから以後は退出することはできません」云々。
・・・食後、私は本館から食堂に通じる階段に座って時間をつぶしました。
周囲は、これから始まるコースへの緊張と、もうしばらく会話はできなくなるのだという思いから、夢中でお喋りに興じる参加者たちの話し声で溢れていました。
誰もが口早に自己紹介を済ませ、隠しきれない不安から、お互いにつまらない冗談を口にしては大笑いする、あの躁的な雰囲気がその場を支配している。
しかし、私は同室の仲間に軽くあいさつしただけで、あとは1人でそこにいました。それは私が平静だったからではなく、自分でもうまく説明できないようなみじめな気持でいたからです。
その階段に座っていると、周りの喧騒と、センターの蛍光灯がどれも暖色系の黄土色をしているため、どこかの夜店か温泉場の前にでもいるような気がしました。
夜空を見上げればそこはやはり田舎の空で、思いがけない数の星が冷たくきらめいている。「まあいいさ」ーそう私は考えました。
私は睡眠薬を持ってきていましたが、それは受付でスタッフに預けてしまいました。手元に薬がないというのは実に久しぶり、というか、それがなかった頃など思い出せないくらい昔のことのようで、それだけでも私は呆然としていました。
そして、食堂でのなかなかに挑発的なアナウンス。私はべつに自信などなかった。おそらく、自分の弱った身体と衰えた気力を考えると、私はきっと耐えられないだろう。
ここでは何かまずいこと、恐ろしいこと、言い訳のできないようなみっともないことが起こるだろう。その時すでに、それが私には半ばわかっていたのです。ー「でもまあ、いいのさ」。
例えるなら、自分の実力ではとても受かりそうもない試験をわざと受けて、簡単な問題だけでもやっつけて点数を稼いでやろうするような、捨て鉢な、最初から諦めを含んだ威勢の良さと言えば、あの時の階段に腰掛けていた私の気持に近いかもしれません。
もっとも、そんな私の虚勢は1日とは持ちませんでしたが。
(続く)
スリランカ。ふたたびキリンダの海岸。



